第三章『クロイスのお説教〜別離〜』
「クロイスはどう思う?」
「…………………………。」
「ちょっと、クロイス聞いてるの?」
「聞いてるよ」
魔獣騒ぎがあった次の日、スクールはいつもどおりの喧騒を取り戻していた。あれだけ敷地内が荒らされたにもかかわらず、いつもどおり授業が行われるのはひとえに教師陣の努力の賜物だろう。あの後、魔法庁の職員と共に魔獣の死体処理を終えると今度は休みなしで魔法による修復作業に入ったのだった。決して教師の仕事ではないはずなのだが………。まぁ、そんな生徒にとってはありがた迷惑な教師の努力のせいでクロイスは朝からいつもの三人に囲まれ疲れていた。
「はぁ…ごくろうなこった」
「ん、何か言ったか?」
「いや、なにも」
「そぉ、そんなことよりほら、クロイスはどう思う」
「………理事長が魔法庁の人間だっていうならそのとおりなんじゃねぇの」
「あっ、やっぱりクロイスもそう思う?」
唯一の賛同者を得てリータが上機嫌に言う。
「まぁな」
シルビアたちの相手をしなければならない、そんなことは昨日の時点で分かっていたし、相手もするつもりだった。しかしその決意も一日たつとどこかに消えていた。
「でも」
カラカラカラ
「よーし、席に着け」
シルビアが昨日撮った写真を前にさらに何かを言いかけたときちょうど担任の教師が入ってきた。あまりにも間の悪い教師の登場に仕方なくといった感じで三人は席に帰っていった。周りを見ると似たような光景がいくつもあったがそんなことは関係ない。
(おやすみー)
心の中でそう呟きクロイスは心休まる場所に旅立つ。だがそんなクロイスの態度はおかまいなしに教師はいくつかの連絡事項を告げ教室を出て行った。
「…きて……ロイ……」
至福を味わっていたクロイスの意識に何かが乱入してきた。
(なん、だ?)
「おき……クロイ……」
(声?)
「おき…よクロ…ス」
(うるさいな)
「!!!」
今自分は大切な時間をすごしているのだ、それを邪魔する権利など誰も持っていないはずだ。そう決め込んで意識を再び眠りの世界へと向けようとすると。
「おきろーーー!!」
怒号が弾けると同時、頭の上から風切音が聞こえてきた。
「ッ!」
ゴン!!
あわてて身を起こすとさっきまで自分の頭があった場所に『魔法制御理論』の分厚い教科書があった。
「あら、おはよー」
必死で状況を解析しようとするクロイスの耳に気の抜けた挨拶が聞こえてきた。
「…………なんのようだ、シルビア」
「いや、起きないから」
事も無げにシルビアは言ってくる。
「大体何度も声掛けたし」
いや、この口調だと少し怒っている感じだ。はて?何かしただろうか、そのまま考えることきっかり三秒。
「怒らせるようなことしたか」
考えても分からないからたずねることにした。そもそも寝起きでたいした考えが浮かんでくるわけ無い、ということにしておく。
「別に何にも、してない、けど」
『してない』のところにいやにアクセントを置いている。と、言うことは………
「なんか言ったか?」
「………………うるさい」
「あん?」
「うるさいって言った」
「………………あーーー。まーなんつーか、寝言だ、気にするな」
「謝ってるつもり?」
「イヤ、事実を言ったまでだ」
「なっ、あんたねー、人が怒ってんだから謝んなさいよ」
「人の睡眠邪魔するくらいだったらその程度の覚悟はしとけ。無意識下での行動の責任まで取れるか。あほ」
「アホとまで言う?フツーはこっちのセリフよ」
「知らん知らん。まぁ起こしてくれたことにはかろうじて礼を言ってやるよ」
「どうしてかろうじてなのよ?」
「………あのな、シルビア」
「な、なによ」
ここに来てクロイスが急に真面目な表情を取った。そのことにシルビアも少したじろいでしまった。
「世の中には、おせっかいというものが存在するんだ」
「………………」
「だからお前が俺を起こそうとしてくれた。その考えには感謝するが、俺は寝ていたかったんだ。だから行動に関してはむしろ苦言を呈したいくらい」
ガン!!
先ほどよりも強くシルビアのもっていた本が机に叩きつけられた。
「………えーっと、いくらなんでも角はいかんと思うんだがな」
「じゃあなに、結局あんたが言いたいことは寝ていたいから邪魔するなってこと?」
「まぁ簡単に言えばそうなるな、だがなシルビア、そう自分を責めなくてもいいぞ。だれにも一度や二度の失敗ってもんが」
ゴン!!!!
三度目の正直。シルビアの怒りの鉄槌(教科書の角)がこの日初めてクロイスの脳天を捉えた。
合掌
「それでなんで起こしたんだよ?」
ジンジンと来る痛みをこらえながらシルビアに聞いた。(あの後シルビアに謝ってようやく機嫌を直してもらったのだ)
「つぎのLHRで模擬戦闘大会の説明をするって言ってて、それでいくらあんたでも起きてたほうがいいんじゃないかって思ったのよ」
「模擬戦闘………。ああ、品評会のことか」
「あんたねぇ、どうしてそういう実も蓋も無い言い方しか出来ないのよ」
「本当のことだろう」
「まぁ否定は出来ないんだけどね」
「それでは、来週にある模擬戦闘大会について説明を行う」
教室に教師の声が響く、その言葉をほとんどの人間が聞き逃さないようにしていた。
「この大会では知ってのとおり全校生徒が参加しての実践型戦闘訓練をしてもらう。とにかくこの大会では相手を倒せば勝ちだ、ただし相手を死なせてしまった場合には停学、または退学になるので注意すること。そして今年も例年通り魔法庁の方が見学に来られるが、今年は特別に六星賢者の内の一人『第六席・真魔師ダミアン・ミレニス』様がお越しくださる。決して失礼の無いように」
ザワザワザワザワ
ザワザワザワザワ
ザワザワザワザワ
一瞬で教室がざわめいた。それもそうだろう。六星賢者という名前にはそれだけの意味があった。現在世界を統治している魔法庁、その中でもトップクラスの魔法師しか所属できない賢人会と言う組織、その賢人会の代表議会が六星賢者と呼ばれる人間達だった。武術、魔法力、頭脳、全てが優れ、その時代の『異端法師』を除いた最高位の魔法師たちが集まった六人こそが六星賢者と呼ばれ最強の人間たちとされていたのだ。その六人に認められることがあればかなりのエリートコースを歩むことが出来る。そう考えれば皆が騒ぐのも当然だった。
「静かに!!それじゃあ大会の進行についてだが………………」
大して意味の無い注意をした後、教師は話を再開した。
少し不意打ちをくらって呆然としてしまった脳を何とか働かせる。しかしまともな考えは一向に浮かんでこなかった。
「ダミアン、だと………一体何考えてやがる」
クロイスの呟きは周囲の喧騒にまぎれ誰の耳にも届くことは無かった。
静かな、とても静かな部屋。
だがそこは完全な無音と言うわけではない。紙をめくる音、衣擦れ、部屋の外からは話し声も聞こえてくる。しかしその部屋の雰囲気がそれらをまるで無視して『静寂』という印象を与えてきた。
無言の部屋に二人の人間の姿が見える。片方はまだ若い女性、もう片方は老人と言っても差し支えないくらいに老けている男性だった。円卓に置かれた六つの椅子、そこに二人は向かい合うように腰掛けていた。いつまでも続くかと思われた無言の時は、しかし女性のあげた声によって破られた。
「それじゃあダミアン、二週間後にあるスクールの品評会…じゃ無かった、模擬戦闘大会の視察にあわせて頼んだわよ」
書類の束から顔を上げ女性は目の前に座った男に声をかける、口調からすれば女性の方が立場が上なのだろう。
「任せておけ、と言いたいところだが坊主も中々に強情だからのぉ、おそらくはお前さんの名前を使うことになるだろう」
年相応の落ち着いた声でダミアンが告げる。その返答に苦笑しながら、それでも満足げに女性は言った。
「かまわないわ。言い出したのは私だし、まぁデイサスには渋られたけどね」
「しかしいまだに信じられんのう、あの坊主がまさかスクールに行っているなどとは、なぁ」
「それを言い出したのも私なんだけどね、でもデイサスの話を聞く限りはあまり喜んでくれてないみたいね」
「本心かどうかは分からんよ、そもそもデイサスの報告はあまり当てにはできんだろう、ワシはあやつに人の心を理解することが出来るとは思わん。もしかしたら案外気に入っておるかもなぁ」
「もし気に入っているとすれば私はあの子に恨まれるかもしれないわね」
「ふむ、中々おぬしも難儀な性格じゃな。ジーニよ」
「ふふ、そうかもね」
そう言って賢人会代表議会六星賢者第一席『死の絶叫ジーニ・ホルン』は窓の外を見て小さくこぼした。
「それとも、もうとっくに恨まれているかしら、ねぇ…クロイス」
その呟きにしかしダミアンは何も答えなかった。
その日スクールは年に一度のお祭り騒ぎだった。
模擬戦闘大会
それぞれの思惑を胸に訪れたこの日に、それぞれの都合などお構いなしに運命が動き出した。
今、眠っていた何かが少しずつ動こうとしていた。
「おーい、クロイス。こっちこっち」
思い思いの服に身を包んだ生徒達の間から声が上がる。それぞれ戦闘を意識してだろう、動きやすい服に身を包んでいた、中には何を勘違いしたのか極東地区の歴史衣装『ニンジャ』や『サムライ』、ノースウエストグランドの『ガンマン』の格好の人間もいた。そんな中クロイスの格好はというとジーンズと薄手のシャツ、それにジャケットを羽織ると言うおおよそ戦闘には向かない格好だった。
「おはよー。クロイス」
「ああ、おはようリータ」
「ヤル気のない格好ね」
「うっさい」
「でもなぁ、もう少しTPOをわきまえろよな、お前は」
「知ったことかそんなもん」
いつもの軽口を叩く四人はこの場の雰囲気には明らかにあっていなかった。普段は仲の良い友人もこの日だけは自分の人生のために敵となりうるし、普段から気に食わない人間をギャラリーの前で堂々と傷めつけられるのだ。殺気立たない方がおかしい。
ザワザワザワザワ
唐突に校門付近が騒がしくなったかと思うと人垣が割れ道が出来た。その中を理事長のデイサスとレイラ、そして
「ねぇ、あの人って」
「ええ、TVで見たことある、ダミアン様よ」
(来やがったか、ジジィ)
それぞれが、尊敬と畏怖の混ざった眼で見つめる中しかしクロイスだけは少し怒気を含んだ目でダミアンたちを見ていた。そんな視線が集まる中ダミアン達は真っ直ぐに来賓席に向かって歩を進めた。
「ほほ、いたいた」
「クロイスですか?」
「うむ、やっぱり怒ってはおるのう、睨んできおるわい」
「何も言っておりませんからなぁ」
「これからもっと怒るかもしれんがなぁ」
「その時はよろしくお願いいたします」
「なに、所詮は坊主じゃよ、取るに足らんわ」
「それは、頼もしいですな」
「ふむ、こちらには切り札もあるしな」
「切り札ですか」
「おお、取って置きのな」
「それは一体?」
「ジーニ、それにアリアの存在じゃよ」
「はて?ジーニはともかくアリアがなぜ切り札に?」
「なに、たいていの人間は親の言うことは聞くものじゃよ」
「おお、なるほど。そういえばそうでしたな」
「お二人とも、そろそろ始まります」
「おっと、すいませんな、レイラさん」
「いえ」
「さてそれでは拝見するといたしましょうか」
「皆様、大変長らくお待たせいたしました。これより模擬戦闘大会を開催します。なお司会進行は私、スクール放送委員会委員長、ギエンでお送りいたします」
開会宣言と共に会場であるグラウンドは割れんばかりの拍手と歓声に包まれた。
「それではまず理事長デイサス・イニア様の挨拶」
割愛
「ありがとうございました、次に魔法庁賢人会代表議会六星賢者第六席ダミアン・ミレニス様の挨拶」
続・割愛
「ありがとうございました。では次に選手宣誓」
新・割愛
「さてそれでは大会ルールの説明に入ります!!まず予選はバトルロイヤル!最終的に十六人になるまで皆さんには戦ってもらいます!共闘しようが裏切ろうが何でもあり!とにかく最終的に立っていればオールオッケイ、モーマンタイ。なおグラウンドから出ればもちろん失格です!そして残った十六人の皆さんにはトーナメント形式で戦っていただきますここで良いところを見せれば賢人会入りも夢じゃない。さあ皆、目指せエリート!!能書きはここまでだ!それじゃあ全員準備はいいか?模擬戦闘大会、予選バトルロイヤル…レディー・スタート!!!」
その瞬間グラウンドのあちこちから一斉に火の手が上がった。
「キャーーーーーー!!」
ドゴーン!!
「イヤーーーーーー!!」
バコーン!!
「ギャーーーーーー!!」
開始早々シルビアはパニくっていた、開始の合図と共にすぐ近くで爆発が起こり皆とはぐれてしまったのだ。
「イッヤーーーーーー!!こんな状況でどうしろって言うのよ!」
ドーーーン!!!
「ギニャーーーーー!!」
シルビア。誰が放ったかもわからない爆発に巻き込まれ予選開始五十二秒、リタイア!
同時刻
「応えろ、盾!」
迫り来る炎を障壁を作ってなんとか回避する。そして急いでその場から逃げ出した。ユーキは予選が始まってから防戦一方だった。
「えい、応えて、風よ!」
放たれた突風が目の前にいた何人かをまとめて吹き飛ばした。
「応えて、雷よ」
雷撃がさらに向こうにいた数人を昏倒させた。
「うーーん、シルビアやユーキ君はどうしてるかな?」
リータ、かなり善戦中。
「ふゎー…ぁ、ご苦労なこった」
ドカーーーン!!
『ギャーーーーーーーーー!!』
その頃クロイスはグラウンドの隅で成り行きを見ていた。始まってすぐ、わざとシルビア達と離れ落ち着ける場所を探していたらここに行き着いたのだ。ここならいつでもさりげなくリタイアすることは出来るし何かあるなら人目に付くことは無い。
「でもまぁ、ダミアンが何の連絡も無しに居るんだ、何も無いことは無いわな。ってか早かったな、レイラ」
そう言うクロイスの背後にはいつの間にかレイラが立っていた。
「お気遣いありがとうございます」
バコーーーーン!!
『ミギャーーーーーーーーーー!!』
「気にするな、それより用件はなんだ?」
「はい、それではデイサス様、ダミアン様両名より伝言です。『トーナメント決勝戦まで残れ』とのことです」
「はぁ?………ったく、何を言い出すかと思えば………、こっちからも伝言を頼む。『了解した、いい加減くたばれ』ダミアンのジジイにそう伝えろ」
「わかりました。それでは失礼します」
背後から現れた時と同じように唐突にレイラの気配が消えた。
「はぁ………なに考えてやがる」
ドゴーーーーーン!!
『イヤーーーーーーーー!!』
重く吐かれた溜息も忌々しげに呟いたその言葉も爆音と悲鳴にかき消された。
クロイス・カートゥス魔法力残り千二十四
「さあ!とうとうここに決勝へ進む十六人の生徒が選ばれました!!」
予選が始まってから二時間、阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた会場は開会の時と変わらないにぎやかさを取り戻していた。それも全て教師と魔法庁の職員による治癒魔法と修繕魔法によるものだった。
「ちなみに私ギエンは予選開始の合図を終えると共に何人かの生徒に狙い撃ちされてしまいました。……この卑怯ものどもが!!………………っとすいません、取り乱してしまいました。さて、それでは気を取り直して十六名の紹介に移ります。呼ばれた生徒は前に来てください。まずは優勝候補の筆頭、魔法力七十二万、ティル・ケシアン!!次に魔法力六十四万、スラフ・スラプト!!次に…………!!………!!」
勝ちあがった生徒の名前が呼び上げられるたびに盛大な拍手、歓声が上がった。
「魔法力三十三万、エント・プリアム!!さてそれではラスト十六人目は魔法力千二十四、クロイス・カートゥス!!」
……………………。
……………………。
……………………。
一瞬にしてあたりが静寂に包まれた。誰もが信じられないという目で見る中をクロイスは悠然と歩いていった。
「さーてこのクロイス選手、決勝進出は果たしたが予選時はなんとグラウンドの隅っこでボーとしていただけ。いつの間にか人数が減り十六人に選ばれたというわけだ!」
BOOOOOOOOOOOOO!!!!
大ブーイングが巻き起こった。
『ふざけんな!』
『卑怯だぞ!』
『真面目にしろ!』
『無能!』
一斉に罵詈雑言が浴びせられる中それでもクロイスは特に気にしている様子は無かった。
「オーケイ!皆静かに、静かに頼む!!」
司会のギエンが注意したことで騒ぎがようやく収まろうとしていた。意外と人望はあるのかもしれない。
「さてクロイス、皆がああ言っているがそれについて何か一言頼むよ」
そういってギエンはクロイスにマイクを向けてきた、それをクロイスが嫌そうにしていることには気付いていないようだ。
「………卑怯だといわれても作戦の内だし…じゃあ真面目に戦った人たちにご苦労さんとだけ」
「あーー、クロイスも予選を突破して興奮しているのかな?まぁいい、それじゃあ皆、トーナメントの始まりだ!!」
完全に神経を逆撫でするクロイスの発言をぎりぎりのところで黙殺してギエンは観客に騒ぎを起こす隙を与えないように大会を進行した。なかなかやるな、ギエン。
ちなみに、ユーキとリータはどうなったかというと、あの後しばらく逃げ回っていたユーキはリータの姿を見つけ、駆け寄って行ったらそのままリータの起こした爆発に巻き込まれてリタイア。さらに爆発に巻き込まれるユーキを見て(気付いてなかった)動揺した隙に他の人間が放った魔法によりリータもリタイア。
「レディースエーーンド、ジェントルメン!!お集まりの紳士淑女の皆様、大変長らくお待たせいたしました。これより模擬戦闘大会、トーナメント一回戦を開始します!」
いったい何度目になるのか、それでもまったくテンションの落ちないまま大歓声が当たりにこだました。
「一回戦第一試合、まず戦ってもらうのは魔法力二十一万、ジャームス・マクダネル!そしてもう一人は魔法力三十万、ハツァク・トリミーだ!さあ、この二人、私がある筋から入手した情報によると実は同棲しているそうです!なんとうらやましい!一緒に住んでいるからにはお互いの弱点は丸分かりか!?さあ、家ではジャームスの亭主関白炸裂か!それともハツァクの尻に敷かれ倒しているのか!注目の一戦です!!オーケイオーケイ、もう言葉は無用だ。第一試合READY・FIGHT!!!」
久方ぶりの割愛
「ふむ」
「いかがですか?今回の生徒達は」
「いや、まるでジャンケンじゃな。まるで戦闘になっておらんな」
「なるほど、それは実に言い得て妙ですね」
二人のその言葉通り、試合内容は単調なものだった。二人ともスタート位置から動かずただ順番に攻撃魔法と防御魔法を撃つだけ。はっきり言って全く面白くない試合だった
「あれでは司会をしている子もかわいそうじゃよ、同じことの繰り返しだ」
「それにしては言っていることが全く変わっているからすごいですな。ボキャブラリーの多いこと」
「ふむ、書類書きをワシと代わってもらいたいくらいじゃ。あれだけボキャブラリーがあれば書くこと考えずにすみそうだしなぁ。わしの秘書として採用しようかのぅ」
司会進行ギエン・思わぬところで魔法庁入り決定。ちなみにギエンはスクールを卒業してすぐに魔法庁に入りダミアンの秘書として書類書きの毎日を送ったそうだ。ギエンは後にこう語っている。
「いやー、あの大会は私ギエンにとっては最大の転機でしたよ。まさかダミアン様からスカウトされるなんて思っても無かったですからね。しかも喋りが要因で。まぁいまは書類書きの毎日ですがそれなりに充実してますよ。ええ、給料もいいし何より職場で知り合ったキャシーと結婚することになったんですから。今は良く出来た妻と子供達に囲まれて幸せですよ。え?プロポーズの言葉?いやー、言わなきゃだめ?てれるなー。えーっとキャシーさん、出会って早くも………(このあとプロポーズの言葉が終わった後三時間ノロケ話が続いた)」
「さぁ、トーナメント一回戦ラスト第八試合を戦ってもらうのは魔法力四十八万カヅァオ・メトリー!そしてもう一人は魔法力千、クロイス・カートゥス!ちなみにカヅァオはさっきの第七試合で二回戦へと駒を進めたテードン・ミュリハイツの親友だ。果たして二回戦では親友同士の戦いは見られるのか!はたまた魔法力四百八十倍の差を跳ね除け大番狂わせはありえるのか!第八試合READY・FIGHT!!!」
開始の合図と共にクロイスはカヅァオに向かって駆け出した。
「え?なっ!」
ドス!
そのままパニックを起こしたカヅァオと距離を詰める。そして交差の瞬間クロイスの拳がカヅァオのみぞおちに突き刺さった。
「おーっと!ここで勝負あり!なんと第八試合、勝者はクロイス・カートゥスだー!!なんとクロイス魔法を全く使わずにカヅァオを倒してしまった!!野蛮です!まるでストリートファイトだ!!ちょっとここでクロイスに話を聞いてみよう、やあクロイス、拳のみの勝利に何か一言!」
駆け寄ってきてギエンがマイクを向けてくる。やっぱりそれをクロイスが嫌そうにしていることには気付いていないようだ。
「別に勝てばいいんじゃなかったのか、この大会は」
それだけ言うと後は無視してクロイスは控え室に戻っていった。
クロイス・カートゥス魔法力残り千二十四
「さあ、波乱もあった一回戦は全て終わりここからは二回戦だ!二回戦、第一試合を戦ってもらうのは一回戦で同棲相手のジャームスを相手に戦い辛くも勝利を収めた魔法力三十万、ハツァク・トリミー!対するは一回戦では魔法と軍式格闘術で相手を翻弄(ほんろう)!かなり余裕で勝利を収めた優勝候補No.1魔法力七十二万、ティル・ケシアン!さぁ、ハツァクはどこまで耐えられるのか!そしてまさかの大逆転はあるのか!二回戦第一試合READY・FIGHT!!!」
忘れないでね、割愛
「いかかですか、あの生徒は?」
「ふむ、どこかで見たことのある顔だと思ったら特魔隊(特殊魔法戦闘部隊の略)のアルド・ケシアンのせがれか」
「ええ、魔法力、格闘術、頭脳、どれをとってもスクールトップの能力を持っています」
「まぁ、クロイス相手にどこまで戦えるかじゃな」
「かなり厳しい条件だと思いますが」
「なに、勝てとは言っておらんよ。ただ『あれ』相手にどこまでいけるかによるの」
「なるほど」
「さーて、二回戦ラスト第四試合!戦うは一回戦では親友との戦いを楽しみにしながら戦ったと言う魔法力五十一万テードン・ミュリハイツ!対するはその親友同士の戦いを阻止したばかりか魔法を全く使わずに勝利を収めると言う荒技を披露した魔法力千、クロイス・カートゥス!果たしてテードンはカヅァオの仇をとることは出来るのか!?はたまた奇跡は二度起こりうるのか!?注目の一戦だ!!それでは二回戦第四試合READY・FIGHT!!!」
「応えろ、風!」
特攻を気にしたのだろう、開始の合図と同時にテードンが突風を起こした。しかしそれを読んでいたのだろう。クロイスは開始の合図と同時横に駆け出していた。
「チッ、応えろ、雷!」
かわされた事に驚きながらもテードンは次いで雷を放った。しかしそれもクロイスが駆け抜けた後の地面をむなしくえぐっただけだった。その時クロイスが誰も予想しなかった行動に出た。
「レイン!(一個バージョン)」
クロイスから光弾がひとつ射出された。ただそのことが周囲を驚かせた。クロイスが魔法を使うことは今までに一度もなかったのだ。そしてそのことが原因で『クロイスは魔法を使えない』と周囲は錯覚していたのだ。
ボン!
驚きで反応が遅れてしまいテードンはまともに爆発をくらってしまった。しかし爆発でダメージを受けたと言うよりは、音と衝撃で気絶したようだ。
「なんと奇跡は二度起きた!テードン、ダウン!クロイス、準決勝進出です!!」
クロイス・カートゥス魔法力残り七百七十四
「さぁ皆さんお待たせしました!模擬戦闘大会トーナメント準決勝に勝ち残った四名を今一度紹介しよう!まず優勝候補No.1魔法力七十二万、ティル・ケシアン!次に唯一の女性、魔法力三十万、ラナーズ・オベル!三人目はこの人を忘れちゃいけない魔法力ならスクールでも五指に入る魔法力六十四万、スラフ・スラプト!最後は誰が予想しただろうか、意外なダークホースが名を連ねた!魔法力千、クロイス・カートゥス!誰が勝っても恨みっこ無しの準決勝!対戦カードは第一試合ティル・ケシアンVSラナーズ・オベル!第二試合はスラフ・スラプトVSクロイス・カートゥス!さあそれじゃあ準備も出来たようだし早速始めようか!準決勝第一試合READY・FIGHT!!!」
慣れとは恐ろしいものですね、割愛
「少し困ったことになったかも知れんな」
「と、言いますと?」
「坊主がこのまま『あれ』を出さなければわしが何とかするしかなくなる。下手をすれば坊主の機嫌を損なうことになるな」
話の内容とは逆にそう呟いたダミアンの表情は何かを楽しみにしている、といった様子だった。
「なるほど、しかし大丈夫でしょう。スクールにいる期間の間ですが一度として機嫌が悪いなんてありませんでしたし」
「そうか、………直ってはおらんかったか」
どこか落胆にも似た様子でダミアンが答える。
「それがなにか?」
「………おぬしにも分かろう、あの年で心を乱さないということがどれだけ特異であるか。七年前坊主が保護され、例の事を起こすまでのあいだに一体何を考え、思ったのか。天涯孤独の身になった、たかだか十歳の子供が誰の助けも借りずに導き出した結論にどんな決意があったのか」
「はぁ」
絶対に分かっていない口調でデイサスは生返事を返した。そのことに多少苛立ちデイサスは話を切り上げる。そのまま視線を巡らせると準決勝のために移動しているクロイスが眼にとまった。
「どんな覚悟で己を縛ったんだ?クロイスよ」
ダミアンの呟きはしかし誰の耳にも留まることは無かった。視線の先にいるクロイスは準決勝開始の合図と共にレイン(三個バージョン)を準決勝の相手であるスラフにむかって放っている所だった。その顔はいつもの気だるげな表情だった。
(あの程度の相手はやはり余裕か)
心の中でそう呟いたダミアンを諦めにも似た感傷が満たしていた。
ボン!
スラフはクロイスが放った光弾を魔法によって生み出した障壁で防いだ。
「よしっ!」
相手はあのクロイスなのだ。魔法力なら教師にすら引けをとらない自分が負けるわけがない。スラフは当然のようにそう考えていた。今までのクロイスの戦い方を見ていて、とにかく初撃を防げば勝機は自分にあると考えていた。そして開始の合図と共に障壁を張ることでクロイスの攻撃を防いだ、ここまではスラフの思惑道理だった。ただひとつ違ったのはクロイスの放った光弾が指向性を持って爆発したことだった。正確には地面に向かって。
「へっ!?」
さっきまでの戦闘による炎や爆発によってグラウンドはかなり乾燥していた、その結果クロイスの光弾によって砂煙があたりにもうもうとたちこめていた。
「くそ、どこに行ったんだ?」
一瞬でクロイスの姿を見失ったスラフはパニックに陥りそうになりながらも何とか自制を保った。自分からクロイスが見えないということはクロイスからも自分が見えないと考えたのだ。ならばとスラフは場所を少し移動する。こうしておけばたとえクロイスが記憶を頼りに攻めてきても安全だからと考えたからだ。しかしその考えが甘かったことをスラフは身をもって思い知る事になったのは実に三十分以上後のことだった。無音でスラフの背後に近づいたクロイスは首筋に手刀をいれスラフを気絶させた。そこで決着がついた。こうしてクロイスはほとんどの人間の予想を裏切り決勝進出を決めた。
クロイス・カートゥス魔法力残り二十四
「皆様、大変長らくお待たせいたしました。これより模擬戦闘大会、トーナメント決勝戦を、開始いたします!!!」
『オオオオオオオオオォォォォォォォォ』
『クロイス帰れー』
『無能ー』
歓声と表現するのも生ぬるい位の今日一番の歓声が響き渡った。中には歓声以外の声も混ざっていたが。
「さあ、それじゃあ決勝を戦ってもらう二人の生徒を紹介しよう!まずは、先の準決勝を圧倒的物量の違いを見せ魔法連発によって勝ち上がったスクール一魔法力の多い男!魔法力七十二万!ティル・ケシアン!そしてもう一人!彼がこの舞台に立つことを誰が予想しえたでしょう!先の準決勝では魔法力の差を見事知恵を使って埋めたスクール一魔法力の少ない男!魔法力千クロイス・カートゥス!それでは決勝戦を戦ってもらうその前に」
「ちょっといいか」
調子よく続くギエンの司会を止めクロイスが声をあげた。
「おっと、どうしましたかクロイス?まさかここにきての宣戦布告ですか?」
「訳の分からないごたく(クロイスにはそう聞こえた)は無視するとしてだ、俺は棄権する」
沈黙があたりを支配した。
「…………………………はて?クロイス、今なんと言ったかな?」
「棄権すると言ったんだ。決勝を戦う気は無い」
ダミアンとデイサスからの命令は『決勝に残れ』であって『決勝で戦え』や『決勝で勝て』じゃなかったからな、と心の中で付け加える。
「おーっとここにきてのまさかの大波乱。なんとクロイス決勝を棄権すると」
『あー、少しよろしいかな、ギエン君』
ギエンの司会を遮りダミアンの落ち着いた通る声がマイクを通して響き渡った。
「え、あ、はい」
突然のことに驚いたのだろう、ギエンは阿呆のように返事をした。
『クロイス君、だったね』
白々しい、そう思いながらも相手に合わせてやる事にする。
「ええ、そうですが」
『ふむ、では一つ問おう。なぜ決勝を棄権するのか』
「テメェの命令が『決勝に残れ』だったからだよ」、と言うわけにもいかず適当な理由をつける。
「魔法力がほぼ底を着いたから、ではいけませんか?」
『なるほど、だが君は一回戦において魔法を使わずに勝つことが出来た。ならば同じことがもう一度可能ではないかな?』
「…その時は不意を付いたからです。今、ここで、あなたが、そのことを、口にした瞬間に全ての手段はなくなったと判断しますが。そもそも、たとえあなたが六星賢者であろうと他人の権利を奪ういわれは無いと思いますが」
淡々と告げるクロイスの口調には、しかし明らかに険が混ざっていた。
『ではどうしても戦うつもりは無いと?』
「そのつもりです」
『理由は魔法力が尽きたから、か』
「はい」
『……………ならば『あれ』を発動させればいい、違うか?クロイスよ』
唐突にダミアンの口調ががらりと変わった。穏やかだった声がどこか挑発を含んだものへと。
「………………何のことでしょうか?」
『あくまでもシラを切るか、ならば言い直そう。『ラッシュアーツ』を発動させることじゃな、クロイス』
それまでどこかおかしなこの会話をおとなしく聞いていた生徒達にざわめきが走った。
「ふー…」
片手で顔を覆い大きく息を吐く、そして手をどけるといつもの気だるげな表情が豹変していた。仕事の時に見せる表情の無い表情へと。
「ジジィ!!てめぇどういうつもりだ?」
もはや隠す意味は無いと判断して口調をいつも通りに戻す、そのことがざわめきをさらに大きくした。なにしろ天下の六星賢者をジジイ呼ばわりしたのだから
『ふむ。何、そろそろ真実を飽かしてもいいころじゃろう。のう、クロイス。アリアが心配しておったぞ。ジーニものう』
二つの名前が生徒達のざわめきをさらに大きくする。だがそんなことはお構い無しにダミアンとクロイスは会話を続けた。
「心配している?そんなもん、だからどうした。他人の心配なんぞいちいち気に掛けてられるか」
『他人か、その言葉もう一度言えるかな。アリアの前で』
「………ちっ、………だがその前に、論点がずれてるぞ。アリア達と神性芸術品はなんら関係無いはずだが」
『なに、アリア達のことはただの報告じゃ。ただのぅクロイス。ここの生徒達にお前の、元六星賢者の本当の力、一度見せておいても良かろう』
「………一体どこまで話すつもりだ?ジジィ」
『お望みならば全てを明かしてもかまわんが?まぁそんな事は置いといてじゃ、早くラッシュアーツを開放させたらどうじゃ』
「オレに指図するなよ、今のお前にはそんな権利は無いはずだぜ。ジーニに言われたとしてもだ」
『…仕方ないか……、実はジーニからこんなものを預かっていてのう』
そういってダミアンは二枚の紙を取り出した。
『読み上げようか?』
「ああ」
『では、………魔法庁・賢人会代表議会六星賢者第一席ジーニ・ホルンの名において、クロイス・カートゥスを特異例である魔法庁・賢人会代表議会六星賢者第七席に、再任する。なお、保護者であるアリア・エスリアの許可は得ておりクロイス・カートゥスに拒否権は無いものとする』
静寂。さっきまでのざわめきが嘘のように消え、水を打ったように静まり返っていた。ただその理由は二つに分かれそうだった、一つは今の話の内容が理解できずに呆けている者。もう一つは話の内容が理解できてしまい絶句している者。
「………本当にそう書いてあるのか」
『本当じゃ、何なら見に来ればいい』
「いや、いい」
『ほっほ、まぁ一応お前さんの意思も聞いておくかの。何か言いたい事はあるかな?』
「ジーニからの指示だ、拒否するわけにはいかねぇだろ」
『さようか、では次のも読み上げるぞ』
その問いに視線だけで頷き返す。あたりはまだ静寂に包まれたままだった。
『第七席クロイス・カートゥスは模擬戦闘大会が終わるまで第六席ダミアン・ミレニスの命令に従うこと。………こっちの紙はこれだけじゃな』
「なるほど、こうなることはお見通しだったと言うわけか」
『なに、だてに長く生きとらんよ』
「チッ、とっととくたばれ。………それで命令は神性芸術品を開放しろ、でいいのか」
『ああ、そうじゃ』
「命令には従う、だがそんな事をする意味は無いと思うがな」
『それはどういう意味かな?』」
「さっきテメェは言ったな、ここの生徒達に元六星賢者の本当の力一度見せろ、と」
『まぁそういうニュアンスのことは言ったな』
「だがそんな必要があるのか?少なくとも俺はその必要性を全く感じないんだがな」
『理由は?』
「オレや、ジジィお前の本気を見せても理解なんざ出来ないと思うんだがな。こんな『魔法力バカ』の集団には特にな。おいデイサス」
『………なにか?
』
唐突に話を向けられながらも平静を装いデイサスが答える。
「前から言おうかと思っていたんだがな、こいつらの『飼育方法』変えたほうがいいぞ」
それまでおとなしく聞いていた生徒達の間に何度目かのざわめきが走った。それもこれも全てクロイスの言った『魔法力バカ』『飼育方法』という言葉が原因だった。これまで見下してきた相手に逆に見下されたのだ。ましてや『飼育方法』と人間扱いされているかも微妙な発言には感情の爆発を抑えようと言う生徒はほぼいなかった。
「ふざけんなー!!」
「どういう意味だ!!」
「死ねーー!!」
「クロイスのくせに生意気だぞ!!(注:ジャイアンでは無いのであしからず)」
しかしクロイスはそれをきれいに無視………はしなかった。ただし悪い形で。
「黙れよ、クズども」
口の端をシニカルにゆがめ言った言葉は当然ながら火に油を注ぐ結果になった。しかし今度はきれいに無視してデイサスとダミアンに視線を向ける。
「ったく。デイサス、お前がスクールにきてから無くした実践型戦闘の授業、あれが無くなったおかげでスクールの評価がかなり下がったことはもちろん理解しているな」
『………ええ』
「だったら俺が言いたいことも理解できているはずだな。お前が来てからのスクール卒業生がどれだけ無手の一手が有用かを全く理解していない。魔法さえ撃てれば勝てると思い込んでいる。戦う相手も魔法を使うにもかかわらずだ。ただでさえここに来るのは魔法力を絶対視しているバカどもなんだ。そして実践型戦闘はそんなバカどもに現実を教えてやれるいい機会だった。それをお前の独断で消したためにスクールの卒業生達がただの魔法力が高いだけの役立たずなバカになったんだろうが。ここまでなぜオレがラッシュアーツを使わなくても決勝まで上がってこられたのか理解できているのか。さっきまでの戦いを見ただろう。少なくともお前が来る前のスクールの生徒なら不意をついての拳打なんぞは効かなかったはずだ。だがそれが効くようになった、そればかりか動く標的には対応できない、相手の攻撃を一度防いだだけでその後のことは全く考えない、そんなバカがあふれかえっている、さらに言えば魔法師相手に魔法を真っ正直に撃つような戦闘法をとるようなバカは少なくとも魔法庁には全くいない。なぜか、理由は簡単だ。魔法を撃つには構成を編み、展開し呪文に乗せ魔法力を放出するというプロセスを踏まなければならない、この間に起こるタイムラグがなくなるのはそれこそ賢人会クラスだ。そしてこの隙に銃弾の一発でも撃たれれば一般人でも魔法師を簡単に殺せる。良いか、魔法なんてもんはな限られた力しか出せない有限の、弱点だらけの力なんだ。にもかかわらず魔法を無敵の力だと思い込んでいる、それはなぜか。答えは魔法力というただ一つの要素を過信しすぎているために他のことには全く興味を示さず果ては魔法ですらまともに扱えなくなったバカどもがあふれかえっているからだろうが。」
『………………魔法すらまともに扱えなくなったというのはどういう意味でしょうか?』
何かをこらえるかのようにデイサスが言う、それに対しクロイスは淡々と告げた。
「そのままの意味だ。魔法力の高さを過信しすぎ構成構築の精密さ、展開のスピード、そして何よりそれらの工程でおこる魔法力のロス、それらにこのバカどもが意識を向けたことが一度でもあるか。答えはノーだ。魔法力が高い?それがどうした。その程度の差ならいくらでも埋めることが出来る。考えてみろ、単純な算数の問題だ。いくら魔法力が百万あろうとそれを使う過程で五十%もロスしていたら魔法力五十万でロスがゼロ%の人間と同等ということだ。だがここにいるバカどもにはロスが七十%の人間すらざらにいる。にもかかわらずエリートだ、選ばれた人間だと勘違いさせているのはデイサス、お前が原因だ。おいバカども良く聞け、勘違いするな。お前らは特別なんかじゃない。ちょっと魔法力が高いだけでそれに驕り、魔法ですらまともに扱えていないただの一般人に過ぎない。そしてそんなやつらを迎え入れるほど魔法庁は寛容じゃない」
『その辺にしておけ、クロイス』
それまで黙って事の成り行きを見ていたダミアンが言った。
「チッ………言われなくてもそのつもりだ」
『ギエン君だったね。待たせて悪かった。大会を進めてもらえるかな』
「は、はい…………………えーっとそれではいろいろ言いたいことなんかもあると思うがまずは決勝戦を見てからにしようか!それでは両雄、スタンバイよろしく!」
驚きから立ち直ったギエンが司会を再開し、クロイスとティルがグラウンドの中央に進む。そしてその時クロイスに変化がおきた。グレーの瞳のうち左目が紅く輝きだした。これこそが古来より災厄の象徴とされ、それを持つものは異端法師と呼ばれ人々から忌み嫌われてきた。それこそが『神性芸術品ラッシュアーツ』だった。そしてクロイスの変化はただ眼の色が変わるだけには収まらなかった。
「なんとクロイス、本当に神性芸術品保持者だった!!えっと……今結果が出ました!今現在のクロイスの魔法力は百十五万二千四百十!発動前のおよそ千倍です!」
ギエンの白熱する実況を聞きながら生徒達がクロイスに抱いた感情は神性芸術品保持者に対する畏怖だった。千程度の魔法力しか持たない人間が一瞬にして強大な魔法力を手に入れることができる。これこそが神性芸術品の能力のうちの一つだった。災厄の象徴『神性芸術品ラッシュアーツ』。運命を狂わされたものにつくこの烙印はただ静かにクロイスの左目にあった。
「さあそれでは始めていただこう。模擬戦闘大会トーナメント決勝戦、READY・FIGHT!!!」
割愛………えっ、違う?なーんだ、失礼しました
「よう、クロイス・カートゥス」
正面に立つ茶髪の男ティルが軽薄な笑みのまま軽薄な口調で話しかけてきた。
「………なんだ」
「実を言うとさー、あんたのことは親父に聞いて知ってたんだよな」
「………父親の名は?」
「多分あんたも聞いたことあると思うんだよねー、特魔隊のアルド・ケシアン。どっ?聞いたことあった?」
「アルド……。ああ、何度か見かけたことがあったな。なるほど、あいつの息子か」
「そっ、改めて名乗ろうか。第七席『殺戮人形クロイス・カートゥス』様?」
「ふん。殺戮人形…キリングドール、か。懐かしい呼び名だな」
空を仰ぎどこか満足げな笑みを浮かべたがそれも一瞬で消え、感情の無い表情でクロイスはティルを見据えた。
「ははっ、喜んでもらえたみたいだね?ボクは特魔隊部隊長アルド・ケシアンが嫡男。ティル・ケシアン。改めてよろしく?」
「………それで?」
「ん?」
「回りくどいのは嫌いなんだ。用件があるなら早く言え」
「ははっ。こわいねー。じゃ、用件を言おうか。おっとその前になんとお呼びすればいいかな?クロイス様?それとも殺戮人形様?」
「好きに呼べ、クロイスだろうと殺戮人形だろうと異端法師だろうとな」
「じゃあ呼び捨てでもいいかな?クロイス、さっき君が言った事。実を言うと僕も前から感じていてさ、だから父さんに前から格闘術を習ってたんだよ」
「だから?」
「僕だったら君の相手が務まるんじゃないかなーと、そう思ったって訳?ど?」
「ジジィからの命令は六星賢者の実力を見せろで、今目の前にティル・ケシアン、お前が立っている」
「そう、それがどうかした?」
「少しだが、お前に同情しよう」
「どうして?」
「理由はすぐに分かるさ。そろそろ始めようか」
「おっ、いいねー。それじゃあ改めてよろしく頼むよ」
その言葉と同時ティルが構えた。
(なるほど、言うだけあってちっとは出来るっぽいな)
そう思いながらクロイスが首を後ろにそらす。すると目の前数ミリをティルの蹴りが通り過ぎていく。だがそのことは予想していたのだろう。隙の無いまま掌打が打ち込まれたが体を開くことで軌道から逸らし、腕に手を添えて力を込め完全にかわす。
「くっそ」
反撃を恐れたのだろう、ティルがバックステップでいったん距離をとってから再び間合いを詰めてくる。迫り来る掌打をかわし次いで来た目潰しを手で払う。蹴りをバックステップでかわし間合いを詰めながら打ってくる掌打は片足を後ろに引き半身になり体を反らすことでかわす。そのままティルは右足を軸にして前進運動を回転運動に変える。
「これでどうっだ」
そして放たれた追撃の蹴りは一歩下がることで軌道の外に出た。
「充分か?」
そしてここで初めてクロイスは攻めに出た。ティルが間合いを詰めるために一歩を踏み出してくる。そこに足を滑り込ませ思いっきり蹴り上げる。
「せっ!」
「なぁ!!?」
足をとられバランスを崩したティルへ駆け寄り交差した瞬間に上がったままの足に手を添えさらに踏み込む、そしてあおむけに倒れたティルの胸を踏みつける。足を通して伝わってくるのは骨の折れた感触。そのままあごを砕こうと足を上げ踏み下ろすが腕を交差してガードされる。そのまま足をつかもうとしてきたので手を振り払って距離をとった。
「なるほど、タフだな。それに言うだけあって少しは出来るみたいだが」
「はぁ…はぁ…はぁ…、だが、なんだよ」
「しょせんは、児戯だな」
「なん、だと」
「聞こえなかったのか?ならばもう一度言ってやろうか、しょせんは児戯だ。いくら経験をつもうとも学生が片手まで覚えた程度の技術はラッシュアーツの前には付け焼刃であると知れ」
クロイスが一瞬で間合いを詰めてティルの顔面に向けて拳打を放つ。ティルが顔の前で腕を交差して防御の構えをとった瞬間、拳を引いてそのまま体を旋回させる。そのまま肘でティルのこめかみを穿った。
「ぐぁっ!」
ティルの構えが解けた瞬間、頭をつかんで眉間に膝を叩き込んだ。
「がっ」
「この程度なんだよ、所詮はな」
クロイスが言った言葉はしかしそれを聞く者は既に気絶していた。
「おーっと!ここで勝負あり!模擬戦闘大会トーナメント決勝を征したのは」
「ちょっと待て」
「おっと、どうかしたかい。クロイス」
「ああ、まだ勝負は付いてない」
「は?いや、しかしもうティルは気絶してるんだ、これ以上の戦闘は無理だろう」
「関係ない、すぐに起こす」
「え?起こす?」
ギエンのあげた疑問の声は無視してティルをうつぶせにして肩をつかむ。
「ふっ」
ゴキ!
そして軽く声をあげながら気を入れた。
「ん…あれ」
「眼が覚めたか」
「クロイス……か」
さっきのダメージが残っているのだろう。顔をしかめながらティルが言ってくる。
「まあいい、そのまま寝ていろ、ただオレはお前を攻撃するために起こしたんだからな」
「なっ」
「六星賢者の力を見せる、か。この魔法を見たら百分の一くらいは理解できるだろう」
そう言ってクロイスは周囲を見回した。そこには離れた所から自分達を取り囲んでいた。畏怖のまなざしでこちらを見ながら。
「理解しろよ、バカども」
無表情に、どこまでも無表情にクロイスは告げた。
「ハリケーン!」
呪文と共に現れたのは千を越す光弾。そして聞こえるのはそこいらから上がる驚愕の声。
「まさか殺す気はないだろ?」
ティルがすがる様な声でたずねてきた。
「なぁ、何とか言えよ。そうだ殺したら退学になるぞ、それに父さんも黙っちゃいないからな」
「いまさら退学を気にするとでも思ったか、それにお前の父親に何か言われたところでオレの立場は毛ほども揺らがない。お前のことはキリングドールがサル山の大将を一匹殺したとでも言えばどうとでもなるんだよ。まぁ恨むなら恨め。これまでも散々恨みを買ってきたし、いまさら殺しをやめるいわれも無い。それに恨みで傷つけられたことは残念ながら一度も無い」
「やめて…殺さないで」
「それこそ今さらだな、俺の二つ名を忘れたか。殺戮人形。この名を頭の芯に叩き込んで、そして死ね」
『そこまでじゃ』
クロイスが射出の呪文を唱えようとした瞬間ダミアンの声が響き渡った。
『クロイス、光弾を消せ』
「チッ……………、逝け」
舌打ち一つした後ティルに一度視線を向け、天を仰ぎ呟いたのは射出の呪文。ただ光弾はティルにはむかわず全てが空へと向かっていった。そのまま一瞬の間が空いた後訪れたのは一度の爆発。爆音は衝撃となり全てに響き渡る。閃光は一瞬で人々の目を貫く。そして熱を持った爆風は全てを揺るがしどこかへと掻き消えた。
「おい審判」
まだ皆が爆発の余韻に浸る中クロイスの声が響いた。
「ギブアップだ、オレは棄権する。優勝はそこで気絶してるやつにやるんだな」
「は?イヤ、だがクロイス。どう見てもかったのは君だろ」
「だが試合終了の宣言はされてなかったはず。そしてオレはギブアップした。だったら勝者はあいつのはずだ」
それだけ言うとクロイスはダミアンたちのいる席へと歩いていった。
「なんとここでクロイスがギブアップ!大会進行ルールにより優勝はティル・ケシアンだ!」
いろいろ有り過ぎたのだろう。もう誰も優勝を祝福する気分になれなかった。まあ当の優勝者が涙や鼻水で顔をぐしゃぐしゃにして失禁までしたうえに気絶までしているのも少しは関係あるだろう。
ギエンの声をどこか遠くで聞きながらダミアンを見据える。
「これで命令には従ったはずだが」
「ふむ、ラッシュアーツ開放と六星賢者の実力を見せる。確かに命令どおりだったが、最後のあれは余計じゃ。わしが止めねば殺すつもりだったんじゃないのか」
「それが?ジジィ、お前が命じたはずだぞ。六星賢者の実力を見せろとこのキリングドールにな」
「………結局お前はそのままなのか?」
「結局?冗談はよせよ。むしろ必要になったからこそオレを呼び戻したんだろうが。このキリングドールがな」
「…………………」
「沈黙は肯定と受け取るぞ。それで次の命令は無いのか?」
「…そうじゃな、お前はそのまま本部へ向かえ、ジーニが待っておる。そこで次の命令があるはずじゃ」
「命令ね、まあ大方予想は付くがな。んじゃ久々にババァの面でも拝んでくるか」
そう言うと踵を返しクロイスは歩き出した。
「クロイス、お前はいいのか?」
だがダミアンの問いがクロイスの歩みを止めた。振り返るとそこには悲痛な面持ちでダミアンがこちらを見ていた。
「問いに主語が無い」
しかしそれは無視して無感動にクロイスは言い返した。
「お前がこのまま新しい命令を受けた時もしかしたらもうスクールには戻ってこれないかもしれん」
「だから、それがどうした」
「いくらお前でも友人も出来ただろう、もう二度と会えなくなるかもしれんのだぞ?本当にそれで」
「くだらねーな」
まだ何かを言いかけていたダミアンの言葉をクロイスは止めた。別にその話が聞きたくない類の話だったからではない。ただ単純に時間の無駄、そう判断したからだった。
「いまさらオレがそんなことを気にするとでも思ったか?そんな感傷、とうの昔に捨て置いてきたさ」
それだけ言うと今度こそクロイスは歩き出した。そのままスクールを後にしたが結局、ただの一度も振り返ることは無かった。