!」
ちょうど二人の中間あたりに魔法によって生み出された白い、ソフトボール位の炎の玉が現れる。それは一瞬の間をおいた後、一気に指向性を持って膨張した。サイルの眼前を白い炎が迫り視界を塗りつぶす。しかしそれも一瞬、突如現れた小型の竜巻によって掻き消された。
「ライズ!」
魔法が利かなかったことには全く関心を持たず次の魔法を発動させる。力場形成によって最大限にまでスピードを上げた人影が全体重をもって上段から切りかかる。そしてそれを阻むべくもう一つの人影は双剣を構えた。
キィィイイィンン!!
甲高い音と共に火花が飛び散る中二人の鍔迫り合いは続いていた。
「ふ……づぁ」
「む……くぅ」
十秒か、一分かそんな状態が続くも均衡は一瞬にして破られる。片方の人影が一瞬剣を押し込みその力を利用してバックステップで距離をとる。急な動きで一瞬、もう一つの人影のバランスが少し崩れる。そしてそれは極めて致命的な一瞬と成りえた。
カァン!!
初撃。横薙ぎに来る長剣の一撃を双剣が何とか受けきる。しかしそのせいでさらにバランスを崩してしまう。そのまま長剣を持つ人影が体を旋回させ剣を持ち替えながら逆方向から柄尻で頭部を狙う。
ガツッ!
それはそのまま何の抵抗も無く鈍い音を立てて相手のこめかみにヒットした。
「づう」
軽い脳震盪が起こり全身の力が弛緩する。
ギン!!
その隙を狙って双剣が二つとも弾き飛ばされる。
「くっ」
長剣を持った人影は相手の肩を蹴り仰向けに倒す。そのまま相手の方を踏んで動きを封じ込め相手の首に向かって剣を突きおろす。
ヒュン!!!
喉に切っ先が触れるか触れないかの辺りで剣の動きを止めた。
「………………私の負けか」
「ああ、オレの勝ちだ」
パキィィ!
どこか感慨深げな二人の呟きと同時、閉鎖空間が消滅した。
「よっと」
閉鎖空間から出て板張りの床に腰を下ろす。周りを見回すと体育館程度の広さの部屋に自分たちと同じように休んでいる人間が何人かと閉鎖空間の箱が七つほど浮いていた。あの中では何人かの魔法師たちが鍛錬を積んでいることだろう。
魔法庁トレーニングルーム。一昔前までは屋外に広大な(それこそサッカーグラウンド、ン十枚分)土地を設けて行われていたトレーニングも十数年前に閉鎖空間の構成が解読されたことから屋内の限られた空間で行えるようになっていた。
「………………相変わらず厄介だな、神性芸術品というのは」
「はっ、その神性芸術品対策に数手ごとに型を変えるなんつー器用な人間に言われたかねーな」
「………………だが神性芸術品の前には通じはしなかった」
声にほんの少し悔しさをにじませながらサイルが言った。
「いや、オレ以外の神性芸術品には十分有効な手段だ。それに武器を遣いきっていたら勝負は分からなかっただろうよ」
「………………それこそこっちが負けていたと思うが」
「冗談きついな」
どこか面白そうにクロイスが言った。
「全く、あなた達とは絶対に戦いたくは無いわね」
クロイスの後ろから歩み寄りながらジーニが言った。
「それこそ冗談がきついだろう、ジーニ。お前のエレメントブラストとは死んでもやりたくはねーよ。まぁサイルのグラビディブレイカーもだがな」
「あら珍しい、褒めてるのかしら」
「褒めるも何もただの事実だろうが」
「でも私には一時間以上も剣を打ち合うなんて真似は出来ないけど」
「いくら接近戦が出来るといっても弓使いにそんなことされたらオレらの立場が無いってぇの」
「………………同感だな」
「あら、冷たいのね。まあいいわ、それでこれからどうするの?まだ続ける?」
「いやさすがにもう切り上げるさ。明日からは仕事もあるしな。マージにも話しておく必要もあるだろ」
「あら、ちゃんとマージちゃんのことを気に掛けてるのね」
嬉しそうにジーニが言った。しかしそれに水を差すようにクロイスが言った。
「仕事だからな、サイルはどうするんだ?」
「………………私も部屋に戻る」
「そう、それじゃあクロイス悪いんだけど彼女たちを宿泊室まで案内してくれない?」
シルビアたちを視線で指しながらにっこりとジーニが言う。その一言で薄い笑みを浮かべていたクロイスの表情が思いっきりいやそうな表情へと変わった。
六室での会議が終わった後、クロイスは会議が始まる前に約束したとおりサイルと戦闘訓練をすることにした。ただ、そのときにジーニが見学したいと言ってきた。まあ別に見られて何が変わるわけでもないから許可した。そしてトレーニングルームに向かって歩き始めた人数は、なぜか六人だった。
ジーニ曰く:素直になれない弟のために優しいお姉さんが一肌脱いであげるのよ。
クロイス曰く:まさかここまで物分りの悪いバカだとは思わなかった。
二人の感想はざっとこんなものだった。
「……………………………。」
コッ、コッ、コッ、コッ
「……………………………。」
カツ、カツ、カツ、カツ
「……………………………。」
サッ、サッ、サッ、サッ
「……………………………。」
テク、テク、テク、テク
…………………き、気まずい。
「……………………………。」
コッ、コッ、コッ、コッ
「……………………………。」
カツ、カツ、カツ、カツ
「……………………………。」
サッ、サッ、サッ、サッ
「……………………………。」
テク、テク、テク、テク
無言。響くのは四人の足音だけ。もう五分ほど歩いただろうか。あの後結局ジーニに押し負けてクロイスは三人を案内することになったが会話というものが全く無かった。理由は単純。さっき六室でクロイスが言った『赤の他人宣言』で三人が怒るというか、哀しむというか、裏切られた感というか、とにかく意気消沈、テンションが下がりまくっていたのだった。それプラス、クロイスから発せられる『話しかけるな、今はものすごく機嫌が悪いんだ』オーラがさらに会話しにくい状況を作っていた。クロイスにいたってはそんなオーラを発しているわけでいうまでも無く会話なんかする気は無かった。
「……………………………。」
コッ、コッ、コッ、コッ
「……………………………。」
カツ、カツ、カツ、カツ
「……………………………。」
サッ、サッ、サッ、サッ
「……………………………。」
テク、テク、テク、テク
一分経過
「……………………………。」
コッ、コッ、コッ、コッ
「……………………………。」
カツ、カツ、カツ、カツ
「……………………………。」
サッ、サッ、サッ、サッ
「……………………………。」
テク、テク、テク、テク
さらに二分経過
「……………っ、あのねクロイス」
勇気を振り絞ってリータが声を掛けた。
「…………………」
BUT!!しかしクロイスは無視。
「クロイス?」
「…………………」
「クロイス!!!」
とうとうクロイスの腕を掴んで(速攻で外されたが)自分たちのほうを振り向かせる。
「……………チッ、なんだ」
高圧的にクロイスが言う。
「先に言っておくがお前らとの関係についてはさっき六室で言ったとおりだ。変更する気は無い。それ以外のことでなにかあるなら聞くが?」
「えっと……………」
「ないんだな」
「いや、だから、それは…えっとーその」
「ないんだろうが。行くぞ」
「む〜〜〜〜。あっ!!そうだクロイス、聞きたいことがあるんだけど」
明らかに今思いつきましたと言わんばかりの口調でシルビアが声を上げた。その様子に呆れながらも一応クロイスは話を聞くことにした。
「えっとね、………キリングドールって何なの?」
「オレの二つ名だ」
「…………………」
「…………………」
「…………………」
「…………………」
「…………………」
「…………………」
「ってそれだけかよ」
ユーキは突っ込みをおぼえた!
「えっとねキリングドールがクロイスの事を言ってるのはなんとなく分かってたんだけどどうしてそんな名前がついてるの。それに『殺す人形』ってそんな変な名前が………」
「間違いを正しておくと『殺戮人形』だ。いいか、通常六星賢者には尊敬と畏怖の念をこめて二つ名というものが付けられる。『死の絶叫』『悪魔喰らい』『聖騎士』『災厄の魔女』『鋼鉄の猫』『真魔師』、これらは全て当人の知らないところでいつの間にか勝手に付けられたものだ。まぁもっとも『真魔師』だけは少し事情は違うが。………『殺戮人形』もそれと同じ、六星賢者クロイス・カートゥスに付けられた二つ名だ。もっともこの二つ名に尊敬の念なんざただの一つもこめられていない。あるのは畏怖と嫌悪、それに皮肉だけだ。」
「皮肉ってどう言う事?」
「………はじめから説明した方が早いな。『殺戮人形』、その言葉の起源は古くラッシュ教の聖典『深淵天書』にその言葉が出てくる。深淵天書に記述されている内容はこうだ。── 過去、人間は今とは比較にならないほどの技術を有していた。その技術を有した人々はある一つの理想を掲げた。『今こそ神を凌駕するべき存在たらんと』。その理想のもとある一つのものが作られた。それこそが『神殺人形』。神殺しのために生まれた人形だ。深淵天書にはこう記されている。神殺人形は人より与えられた命に従い神ラッシュに戦いを挑んだ。戦いは十年間休む事無く続いたという。人々はその結果に満足していた。神と同等のものを作り上げたのだと。しかし神と言う存在はそこまで容易くは無かった。その喜びはある時一瞬にして潰えた。神ラッシュが神殺人形を打ち破ったんだ。神は激昂し人間の行いを決して赦しはしなかった。神は自身との戦いによって傷ついた神殺人形を癒し一つの命令を与えた、人の世を滅ぼせ、と。そして人は文明の全てを奪われた、もとより神殺人形(キリングドール)には人間のもてる最高の技術を注ぎ込んでいた。だからこそ人は神殺人形を滅ぼす事は出来なかった。人々は神の命に従い自分たちを滅ぼさんとする人形の姿を見て認識を改めた。もはやこの世に『神殺人形』は存在しない、今自分たちを滅ぼそうとする存在は『殺戮人形』なのだと。神は人の世を破壊し尽くしその役目を終えた殺戮人形を自らの手で破壊し姿を消した。神無き後の世、人々は自分たちの無知さを嘆き、後の世の人間が同じ過ちを繰り返さないために深淵天書を残した。──
本来人にとって脅威のみを示すこの本が聖典に成りえたのはひとえにこの本には神ラッシュの実在が描かれているからだろうな。オレが殺戮人形と呼ばれるのは似すぎているからなんだ。殺戮人形は神の命令で人々を襲い殺した。おれは神性芸術品を持ちその力で人を殺している。似すぎているんだよ、その存在のあり方があまりにもな」
「どうして…………、どうしてそんなことするの。人を殺す生き方なんて………」
「理由なんか簡単だ。仕事だからだ」
「そんな、止めなよ、そんな人を殺すなんて仕事は」
「…………誰に口を聞いてるつもりだ、小娘」
「えっ?」
「ただのスクール生であるお前が六星賢者のオレに指図していい権利なんざどこにもねーんだよ。ジーニと同じで何を勘違いしたかは知らんが本当ならお前らはオレに話すら出来る立場じゃねーんだよ」
「でも!!」
「着いたぞ」
「え?」
カチャ
扉を開けて中に入ると受付があった。女性職員はクロイスの姿を見ると慌てて立ち上がり礼をした。クロイスが職員に近寄り二言ほど話をして戻ってきた。
「ここが宿泊室だ、話は通した。後はこの職員の指示に従え」
「クロイス!!」
「じゃあな」
バタン
「どうぞこちらへ」
タイミングを計ったかのように間を置かず職員が話しかけてくる。リータたちはしばらく扉を見ていたがあきらめて職員の後について行った。
「ふふ、またトレーニング?」
扉を開けて最初に聞いた声がそれだった。
「大丈夫だ、かすり傷だけだ」
特にアリアの顔を見ないで言う、なぜこんな事を言う気になったのか。原因がマージの心配そうな顔がふと見えたからということにクロイスは気付かないふりをしておいた。
「治癒、頼んでもいいか」
「良いに決まってるでしょ。言われなくてもするつもり」
そういいながらジーニが近寄ってくる。そのままクロイスの胸の真中に片手を触れさせたまま構成を編み上げる。
「癒し照らすは純然たる光」
呪文の詠唱が終わると共に傷がふさがっていった。もともと治癒魔法と言っても怪我を治すのではなく、怪我をした部分の代謝を強制的に促進させ自己治癒によって傷を癒している。それ故に治癒魔法を扱うにはそれ相応の才能が必要になる。人体の構造の知識、怪我などの知識、怪我の具合を瞬時に読み取る観察眼、細胞増殖に関する天性の直感。前者二つは知識だけなのでどうとでもなるが後者二つは才能に左右されるため治癒魔法が使える人間は実はかなり限られていた。(クロイスが自分で癒さなかったのもこのせい)
「それで相手はサイル?」
「ああ」
「やっぱり、あの子くらいよね。あなた相手にここまで互角に戦えるのは。それで会議はどうだったの」
「その件で話があるんだが」
そう言いながらクロイスはマージが座っている向かいのソファに腰かけた。アリアもマージの横に腰かける。
「明日から正式にテンプル騎士団討伐が始まることになった。だからマージの保護にかかれる時間ははっきり言ってほとんどない。アリアにはその間マージの保護を頼みたい」
「かまわないわよ、もともと私はあなたのサポート役なんですから」
話を聞いていたマージがメモ帳にペンを走らせてクロイスに渡す。
『いつ、終わるの?』
女の子らしいコロコロした字で、そう書かれてあるメモ帳を読みクロイスはしばらく思案しながら
「分からない」
と答えた。
「ただ」
とも繋げたが。
「可能な限りはここに戻ってくる。仕事も速めに終わらせるさ」
そう告げるクロイスの表情は滅多に無い優しい微笑だった。