第六章『七人そろって六星賢者〜いくつかの再会〜』



ギシッ、ギシッ、ギシッ、ギシッ。
響くのはベッドの軋みとただの男と女でしかない声。
そんな中、女は虚ろな目で男の顔を見続けていた。
男はつまらなそうに女とその向こうにある天井を見続けていた。
いつまでも続くようにも見えたそのどこか獣じみた行為は唐突に終わりを告げる。
男から放たれたものが女を満たしていった。
「あっ」
満たされた表情で嬉しそうに女は男を見つめる。
男はつまらなそうに女ではなく天井を見ていた。
コンコン
「ゼイン様よろしいでしょうか」
低く、くぐもった声が部屋の向こうから聞こえた。
「入れ」
どこまでも尊大な態度でゼインと呼ばれた男が返した。
「失礼します」
戸口から現れたのは四十歳程度のがっしりとした体躯の男だった。剃髪の頭には血管が何本か浮かんでおり薄暗いこの部屋では深いしわのようにも見えた。開いているか開いていないかわからない様な目にきつく結ばれた口は、今は表情と言うものをまったく浮かべていなかった。
「報告します」
一礼をしてから男が言った。
「少し待て」
いまだ天井を見つめたままゼインは言った。そこで始めて天井から女に視線を向ける。
「リン、下がれ」
その一言でリンと呼ばれた女は残念そうな眼差しでゼインを見つめた後、お世辞にも引き締っているとはいえないゼインの体を幾度か撫でてから部屋を出て行った。
「よろしいでしょうか、ゼイン様」
「続けろ」
「はっ、まず一つは本日、レン・イノシンが指揮を執り実行されたリータ・ライアルの奪取ですが魔法庁の妨害により失敗いたしました。この件での被害は空間師三名、一般団員三名、そして部隊長であるレン・イノシンの死亡。また空間師一人が瀕死の末、魔法庁に連行されました」
「ほう、そうかレンが死んだか…くっくっ、ふはははははは。そうかレンが死んだか」
心底愉快そうにゼインは笑う。
「そうか死んだか、あの忌々しき前団長の信奉者が、そうか死んだか。それで、どの程度の人数が相手をしたんだ。賢人会のやつらでも出てきたのか?だがまあ、レンが相手をしたんだ、一人位は殺したんだろう」
「いえ、それがレン・イノシン及び一般団員三名と空間師四名の相手の相手をしたのは一人だったということです」
「なんだと、それじゃあ六星賢者が出てきたのか」
「そのようです」
「ほう。いったい誰だ?ジンか、それともダミアンか?」
「それが、クロイス・カートゥスという報告が入っています」
「クロイスだと!!」
そこまで余裕そうだったゼインの表情が始めて驚愕の色に塗られた。
「帰ってきたと言うのかあの『異端法師』が」
「そのようです」
「そうか、帰ってきたのか……くっ」
「ゼイン様?」
急にうつむいたゼインの様子に訝しげに男が呼びかけた。
「くっ………ふははははははははははは、そうか。帰ってきたのか。ちょうどいい。あの男もわしの手に収めてやろう」
しばらく笑い続けた後、ゼインは戸口に立つ男に目を向ける。
「お前には期待しているぞ。リニアス・カイサムよ。喜ぶといい。もうすぐお前たちにも存分に活躍してもらおう。相手は現代最強と謳われる七人の魔法師たちだ。」
「はっ」
先ほどまで無表情だったリニアスと呼ばれた男はその時初めて笑みを見せた。
「だが保険というものはあるに越したことはない。リニアス、至急クロイス・カートゥスについて調べろ。何、やつは異端法師だ、材料には事欠くまい」
ようやく高揚していた気分が落ち着いたのか幾分トーンを落とした声でゼインが言ってきた。
「してリニアス、お前とリン以外の死法師の素体はどうなっている」
「はっ。現在レオ・アレクサンドロスの素体をラーシル・リスターが、ジャック・フィンランディの素対をウルフ・ヤギナが確保に向かっています。」
「そうか。報告はそれだけか」
「いえ」
「ならば続けろ」
「はっ。先ほどノースグランドウエスト地区『サンホーグ』の拠点が八種の火薬ブラックパウダーエイツの二人、闘士タイネム・コロミオと暗殺者ティム・エレイアの手によって壊滅させられました。またセントラルグランド『ロムドーブ』、同じくイーストグランドセントラル地区『パオキン』の拠点も壊滅させられました。こちらについてはまだ詳細はわかっていません」 「な、んだと!チッ!あのクソ忌々しい八種の火薬ブラックパウダーエイツのクソ共がっ!」
激昂したようにゼインが叫ぶ。だがそれをかろうじて自制させた声で言った。
「まあいい、その程度の被害ならすぐに取り返せる」
ニタリとした笑みを浮かべて
「期待しているぞ。わが配下どもよ。」
テンプル騎士団団長にして超能力スーパーテンション保持者ゼイン・フォルテッシモはそう、高らかに言い放った。



『必ず、必ず会いに行くから。だからその時まで待ってて』
そう言って女は男を見つめる。
『待つさ、たとえどれだけ時間がかかっても。必ず』
いいながら男は女をしっかりと抱きしめる。見つめあう二人、どちらからでもなく目を閉じる。そして二人の唇の距離は徐々に近づき、やがて、ゼロになった。
『ん』
どちらの口から漏れたのか、ただその吐息だけがその静寂をかき消していた。
………………………………
そのキスは一瞬だったのかもしれない、ただそれでも二人には永遠にも等しい時間に感じられた。
『それじゃあ行ってくるよ』
背を向けて男は告げる。その声には一点の迷いもなかった。
『いってらっしゃい』
それに答える女の声にもまた、迷いなどなかった。それでも二人の頬を伝う涙だけは止めようがなかった。



パタン
本を閉じる音が部屋に響く。マージは息を吐いてその余韻に浸っていた。表紙に書かれているタイトルは『あの大胸筋を忘れない〜恋のプロテイン横丁・血風けっぷう、上腕二等筋恋慕れんぼ』と書かれてあった。
(遅いなー、クロイス)
二時間ほど前に仕事があると言って部屋を出て行った少年のことを思い出す。
「ふふ、クロイスのことが心配?」
クロイスのデスクでごそごそやっていたアリアが声を掛けてきた。頷き返すとアリアは嬉しそうに微笑んだ。だがその表情が少し変わり苦笑に似た表情を浮かべた。
「だとしたら少し残念だけどまだ少しかかりそうよ。さっき電話があったでしょう?あれクロイスからだったんだけれどこれから会議があるらしいわ」
そこまで聞かされて自分の表情が変化するのがわかった。ただその変化がどのようなものかは自分ではわからなかった。
「ふふ、そう言えばクロイスがあなたの事、聞いてきたわよ、何してるかですって」
そこまで言ってからアリアは本当におかしそうな、それでいて嬉しそうな表情を浮かべた。
「読書してるって教えた後代わろうかって言ったら『邪魔するのも悪いからいい』ですって。あの子が他の人のことを気に掛けるって本当に珍しいことよ。ましてや相手を気遣うだなんて」
そこまできてようやくアリアが何を言いたいのかがわかった。また表情が変化する。今浮かべている表情が喜びであるということが今度は自分でも理解できた。それと同時にさっき浮かべていた表情がさびしさだという事も理解できた。



「こちらの部屋でお待ちください」
そう言って職員は出て行った。 そこは世間一般には待合室とばれる部屋だった。ただ世間一般の待合室と比べると内装があまりにも豪華だった。くるぶし辺りまでは埋まってしまいそうな絨毯に本皮製のソファ。備え付けの壁掛け時計や帽子掛け、なぜか置いてあるクローゼット、机、その上に置いてあるクリスタル製の灰皿や水差しにいたるまで全てが超が付くほどの高級品で埋め尽くされていた。
「なんだか落ち着かないね」
とりあえずソファに腰掛けながらリータが言った。ただ座った瞬間に体が半分ほど沈んでしまうんではないかという位ソファが柔らかかったことには本気で驚いていた。
「落ち着かないどころじゃないわよ」
少し緊張した口調でシルビアが言う。正面にあるソファに座っているが落ち着かないそぶりでもぞもぞしている。ユーキは特に何を言うでもなくソファに座って内装を眺めていた。そのことを少し不思議に思いユーキに話しかけようとするが、先にシルビアが話しかけてきた。
「この後どうなるのかしら」
「確か職員の人はしばらくしたら別の人が迎えに来るって言ってたよね」
自分も状況に頭がついて来ないので当たりさわりの無いことを言っておく。
「まったく、何だって言うのよクロイスは!!」
怒りが再燃してきたのだろうか、シルビアがまた怒った口調で言った。
「落ち着いて、シルビア」
今日何度目かの言葉をかける、そのおかげという訳でもないのだろうがシルビアもそれ以上は、言う気配はなかった。
思い出すのはいつもスクールでみせていた気だるげな表情のクロイスとさっき見た無機質な表情を浮かべたクロイス。ただまったく違うはずの表情を浮かべているはずなのになぜか同じような表情に思えた。それともう一つのことも思い出してしまった。
「クロイス、一度も私たちと目をあわさなかったね」
「………………」
「もう、私たちなんかどうでもいいのかな」
「………………」
「………………」
しばらくの間静けさが辺りを満たしていた。
「…係……いわよ」
「え?」
「関係ないわよ、そんなの」
「………シルビア」
「だってそうでしょ、昨日まで普通に話しておいて、今日になったら『はいさようなら』?そんなの納得できるわけないでしょ」
「…………」
「ちがう!?」
呆けているとシルビアが念を押すように言ってきた。
「………うん!そうだよね」
力強くリータが答える。その返答にシルビアも満足げに頷いた。
「あの子は本当にいい友達を持ったみたいね」
聞いたことのない凛とした声が部屋に響いた。入り口を見るとそこには一人の女性が立っていた。賢人会所属の証である白い法衣、それとは対照的な黒く長い髪、すらりとした長身。そしてあまりにも有名すぎるその顔。そのまま優雅に一礼すると続けて言った。
「はじめまして。魔法庁・賢人会代表議会六星賢者第一席ジーニ・ホルン、二つ名は死の絶叫デットハウリング。そしてもう一つ、クロイスの姉もやってるわ。よろしくね」
「……………………………………………」
「……………………………………………」
「……………………………………………」
思考停止。


しばらくお待ちください


「えーっと………そんなに緊張しなくてもいいから」
苦笑しながらジーニが告げるとフリーズしていた三人の頭がようやく動き出した。
ガタン!!
「はっ、初めまして。スクール所属のリータ・ライアルです」
「あ、えっと同じくスクール所属のシルビア・フォスリーゼです」
慌ててリータが立ち上がり挨拶をする、それにつられるようにしてシルビアも立ち上がった。
「同じくスクール所属のユーキ・トイムです」
少し間を空けて大して動揺していないふうを装いユーキが言った。



チャリ、ピッ、コトッ─────ピー
電子音が鳴り終わるとクロイスはカップに入ったコーヒーを取り出した。カップを手に取りどこに行こうかと思案する。 少し歩き目的の階段を上っていく。周囲を見回しても人影はあまりなく行きかう人たちは足早にクロイスの横を通り過ぎていく。まるでクロイスを避けているかのように。
(いや、違うな)
クロイスは間抜けな想像を訂正した。
(避けられているんだろ、実際。昔からここではそうだったじゃないか。神性芸術品ラッシュアーツ保持者としてここに来たときも、神性芸術品ラッシュアーツを使いこなす訓練をしていたときも、六星賢者入りしたときもいつでも避けられてきただろう。)
溜息を一つ吐く。
そんなことをしている内に目的地の屋上に到着していた。上を見上げれば天井は無く変わりに夕日に染まった空が広がっていた。周囲に人影は無くいくつかのベンチが置いてあった。そのうちの一つに腰掛けてコーヒーを飲む。口の中にコーヒー独特の苦味が広がっていった。カップを見ると琥珀色の液体が静かに揺れていた。
ふと、いつからコーヒーをブラックで飲むようになったのか思い出そうとする。
思い出す。
思い出す。
思い出す。
…………。
あきらめる。
まあいつでもいいかと一人納得した。コーヒーを飲みながらあることを思い出していた。
(テンプル騎士団……レン・イノシン……それにアーヴィー・ハンブルクか)
思い出したのは五年前のあの日。“仕事で”初めて殺した一人の男。実際に人を殺したのは二回目で、それでも一度目は無意識だった。二度目の、始めて自分の意思で殺した男。自分の力を全て出し切って殺した男。
まるでそこから連鎖するように今まで殺してきた人間の顔が思い出されてきた。男、女、老人、子供、さまざまな顔が思い出された。
神性芸術品・ラッシュアーツの圧倒的学習能力。それは望む、望まないに関わらずさまざまな情報を頭の中に叩き込こんでいった。
「ふー」
記憶の奔流を自制して空を見上げる。呆れる位に赤い空も、それが写りこんで紅く見えるコーヒーもまるで自分を咎める血の紅のように思えた。
「くだらねえ」
全てを振り払うように呟く。視線をコーヒーに向ければやはり夕日が写りこみ紅くなっていた。まるで血のような紅に。
「ふん」
鼻を鳴らしてコーヒーを口に含む。それはやはりコーヒーの味だった。



さて、どうしたもんかな。クロイスは内心一人ごちた。今いる場所は六室、数時間前に見た光景と今の光景には特に違いは無かった。そして仕事が終わった後この部屋に来ることは予定通りだった。唯一つを除いては。
(いや違うな)
こうなることもほぼ予定通りだった。具体的に言えば目の前で怒り狂っているジーニがいることも。唯一つ予想外だったのは、
(どうして六室にまでこいつらがいるんだ?)
そこには呆然とした様子で部屋の中を見回すシルビア、リータ、ユーキの姿があった。
「いったい何を考えてるの!!あなたの友達でしょ、それを拘置しろだなんて」
エンドレスに続くジーニのお説教を意識から締め出し、ここに至る経緯を思い出した。


たしかそう、屋上でコーヒーを飲み終え頭の中を空っぽにして休んでいるときだった、
♪〜〜♪〜〜〜♪
ポケットから無粋な音が響いたのは。
せっかくの休息の時間を邪魔されて多少不機嫌になりながらもケータイの通話ボタンを押すと
「クロイス!!今すぐに!六室に来なさい!!」
今世紀最大級のボリュームでジーニの声が電話越しに無人の屋上にこだました。
指示通りに六室に着てみればジーニとなぜかユーキ達もいて、でもそんなことはお構い無しにジーニの無制限お説教タイムがスタートした。
そして現在に至る。


「とにかく今すぐ謝りなさい!!」
「………………」
ジーニの怒声は聞こえては来るが、そんなものはどこ吹く風という感じでクロイスは聞いていた。
「クロイス!!」
「…………、どうして謝る必要がある?」
「どうしてって」
「あの場で俺は実動と指揮をやっていた。つまり指揮を出すことも仕事に含まれていたんだ。にもかかわらず、こいつらは自己の主張をオレに押し付けて仕事を邪魔した。だったら拘置も妥当な判断だと言えるんじゃないか?」
「それでも友達に対して」
そこまできてクロイスの目に始めて感情がともる。怒り、侮蔑、呆れといった感情が。
「寝ぼけるなよ、ババア。オレは今六星賢者として話しをしているんだ。だったらそっちも六星賢者として返答すべきじゃないのか?」
「むっ、…………ええ、そうね。あなたの言うとおりよ。その場での行動は六星賢者として正しい行動だったんでしょうよ。ただそれでも」
「そこまでだ、それ以上は話しても仕方が無いだろう、オレの意見とお前の意見は決して一致しないんだからな。そんなことよりなんでこいつらがここにいるんだ」
あくまで視線はジーニに向けたままクロイスが言った。その行動にあきれながらもジーニは
「これからみんなに集まってもらってこれまでの事、これからの事についていくつか言っておきたいことがあるのよ。それで彼女たちには実際今日あった出来事を話してもらうつもり」
「報告ならオレがすればいいだろう」
「でもあなたは最初からその場にいたわけじゃないでしょう」
「だったら今お前が話を聞いておけばいいだろう」
「いいのよ、これは六星賢者第一席としての決定事項なの。あなたにも邪魔する権利は無いわよ」
自信満々に言うジーニにクロイスが呆れ顔で言った。
「一つだけいいことを教えておいてやろう。そういうのを公私混同って言うんだ」
「何とでも言いなさい」
笑みを浮かべながらジーニが言う、それに一瞬あきれたと言うか哀れみの視線を向けてから視線を向けてから壁に寄りかかり目を閉じた。
その間もユーキ達はきょろきょろしていた。


バーーン!!
衝撃は今、全てのものを凌駕した。
六室に一枚しかない扉が吹き飛びそうな勢いで開かれ、そこから二人の人間が姿を現した。
「やっほー、ジーニ。元気ー?」
快活な声で挨拶をしながら現れたのは一人の女性だった。年はジーニと同じ二十代半ばといったところか。ウェーブのかかった黒髪は肩のあたりで切りそろえられていて、猫のような瞳はかすかに茶色がかっていた。そして全身を包む法衣はジーニと同じ賢人会所属の証だった。
「フィア!もう少し静かに入ってきなさいよ!」
「別にいーじゃない」
ジーニはどちらかというと親が子供を叱るノリでフィアを叱っていた。フィアはそれを楽しんでいるようだった。
「いいわけないでしょう!扉が壊れたらどうするつもりなの!」
「それはほら、形あるものはいつか壊れるって言うじゃない」
「そういう問題じゃないでしょ」
「あー!!クロちゃんじゃない。いつ帰ってきたのよ」
クロイスの姿を見つけてフィアが駆け寄ってくる。
「こらフィア!まだ話は終わってないでしょう」
「もういいわよ、何回も聞いたし。どうせ今までと同じことでしょ。えー、でも本当にクロちゃんじゃないの。どれくらいぶりになる?」
ようやくクロイスが片目を開けて煩わしげな視線をフィアに向ける。
「相変わらずうるさいな、フィア」
クロイスの言葉にフィアが頬を膨らませて反論する。
「うっさいわねー、あんたは相変わらず暗すぎなのよ。もうちょっとカルシウム取んなさい」
「………はぁーー」
盛大な溜息を吐いてクロイスは再び目を閉じた。
「ちょっと!なんか言いなさいよ」
慌ててフィアが言う。その言葉にクロイスは億劫おっくうげに片目を開けた。
「なんか、とは?」
「なんでやねん、とか」
「よお、久しぶりだなサイル」
視線をフィアの向こうにやる。そこにいたのは長身長髪黒目黒髪、手の甲に傷のある、賢人会所属の白いローブを着た一人の男だった。
「………ああ」
サイルと呼ばれた男は一度だけ頷くと空いている椅子に腰かけた。
「ブーブー!無視はひどいと思うんだけど」
「サイル、この後時間があるなら少し相手をして欲しいんだが」
「………わかった」
「ジーニィー!!クロちゃんが無視するー」
「はいはい」
………………………。


コンコン
「入りますね」
一人の女性が六室の扉を開ける。そこにあった光景は、壁際に寄りかかって目を閉じ腕組みをしているクロイス、クロイスの前でキャイキャイ騒いでいるフィア、ただ黙って椅子に座っているサイル、頭を抱えて机に伏せているジーニ、そして見たことの無いクロイス程度の年頃の男の子が一人と女の子二人。
「あらまあ、にぎやかですねえ」


「あらまあ、にぎやかですねえ」
目の前で(目は閉じているが)キャイキャイ騒いでいるフィアの声に混じって物静かな声が聞こえた。片目だけを開けて声のしたほうに視線をめぐらせるとそこにいたのはグレーのショートヘアーにニコニコとした表情を浮かべ、スラリとした四肢に法衣を身にまとった一人の女性だった。
(マリィか)


「あらまあ、にぎやかですねえ」
その声に反応してジーニが顔を上げて
「マリィいらっしゃい」
疲れた声でそういった。
「お疲れ様です、ジーニさん」
そういってジーニの隣に腰かけた。
「本当に疲れ─」
「マリィー、聞いてよー。クロちゃんがー」
話を途中で邪魔されてジーニがムッとした表情になるがお構い無しに涙目でフィアが抱きつく、しかし特に動揺した様子も無く
「あらまあ、どうしたんですか、フィアさん」
「あのね、あのね、クロちゃんが私のこと無視するのー」
「あらまあ、だめですよクロイスさん、そんなヒドイことをしちゃあ」
相変わらずニコニコとした表情でクロイスに注意すると今度はフィアに視線を向けて
「フィアさんも、あまりクロイスさんの嫌がることをしちゃだめですよ」
「むぅー」
「フィアさん」
「………わかったわよー」
「どうしてマリィの言うことは素直に聞くのかしら?」
少し不気味なオーラを漂わせながらジーニが言う。
「さあねー?」
からかい口調でフィアが言う。
「ふたりとも」
たしなめる様にマリィが言う。
「「………………」」
サイルとクロイスは黙ったままだった。
…………………………。


カチャ
扉を開けて現れた男は室内を見回してある一点で視線を止める。眼鏡越しの視線に敵意の灯がともった。
「なぜ貴様がここにいる?クロイス・カートゥス」
殺気にも似た気配を漂わせながら男は険のある口調でそう言った。


「なぜ貴様がここにいる?クロイス・カートゥス」
扉が開くと共に出来れば聞きたくなかった声が耳に届いた。隠れて嘆息を済ませると両目を開けて挑発的な視線を向ける。そこにいたのは白に近いグレーの髪をオールバックにして、縁無しのメガネを掛け、例によって法衣を着ている『お堅い人』というキャッチコピーがぴったりな男だった。
「オレがここにいちゃ何か不都合があるのか?ジン・ガゼル」
しばらくの間無言でにらみ合っていたがどちらからとも無く視線を外す。ジンは椅子に座りクロイスは再び目を閉じた。
そのとき最後の一人が姿を現す。
「ほほ、予想外の顔もいくつかあるが………ふむ、全員そろっておるようじゃの」
そう言って楽しげに顔をゆがめダミアン・ミレニスは席に着いた。


魔法庁賢人会代表議会六星賢者
『第一席死の絶叫デッドハウリングジーニ・ホルン』
『第二席悪魔喰らいデモンズイータージン・ガゼル』
『第三席聖騎士パラディンサイル・サイロ』
『第四席災厄の魔女ウイッチカミティフィア・アルバン』
『第五席鋼鉄の猫メタルキャットマリィ・ハントノート』
『第六席真魔師トゥルーアデプターダミアン・ミレニス』
『第七席殺戮人形キリングドールクロイス・カートゥス』
現代最強といわれる魔法師の集団が今ここに集結した。


「フィア、いい加減に黙りなさい」
「ふーんだ!!そんなことよりもクロちゃん、いい加減脱童貞おとなになったの?」
「黙れよ、処女ガキが」
「マリィー、クロちゃんがー」
「あらまあ、クロイスさん」
「ほほ、どうじゃジン、調子は」
「変わりませんよ」
「…………………」
…………………………。どこぞの小学校か?


十分後 「さてそれじゃあ会議に入るわよ」
騒いでいたフィア、怒鳴っていたジーニ、なだめていたマリィ、時々フィアに付き合っていたクロイス、黙り込んでいたサイル、会話していたジン、ダミアン。どこぞのお遊戯会とも取れたその光景も今やきちんとした会議の格好になっていた。六人がきちんと円卓を囲むように椅子に座りクロイス壁に寄りかかり、ユーキたちはあまり広くない部屋の隅で椅子に座っていた。
「今回の議題はテンプル騎士団についてよ、あなたたちもあらかたは知っているでしょう。五年前にクロイスによって潰されたテンプル騎士団が今再び新しい団長を据えて動き出したの──────。」
それからしばらくジーニの説明が続いた。もっともそれはクロイスが一度聞いた事のある内容だったが。
「とりあえず今のところは以上よ。さてそれじゃあクロイス、新しい情報があるのなら全部出しなさい」
ジーニが視線を向けるとクロイスは寄り掛かっていた体を直し、めんどくさげに話し始めた。
「一つだけレンが置いていった情報がある。団長が復活させた、あるいは蘇生させようとしている人物について」
「確証は?」
目を細めながらジンが言う。
「そんなものは無い」
「不確かな証言をこの場で披露するつもりか?」
「確証は無いが信憑性はあると思うぞ。そもそも全ての発言にいちいち確証を求めるのならオレの発言は全て無視してくれて結構だ」
「………………………」
「何か言っ──……ああそうか、話を続けるぞ」
言葉通りジンはクロイスの言葉を無視することにしたのだろう。…………ガキか?
どうも初めて会った時からクロイスとジンは折り合いが悪かった。クロイスに心当たりは無いのだがどうも史上最年少+ラッシュアーツ保持者という鳴り物入りで賢人会を跳ばしていきなり六星賢者入りしたことを快く思っていないのだろう。もっともそれは魔法庁にいる人間のほとんどが思っていることなのだがここまで露骨なのはジンだけだった。一方クロイスも人間関係の形成に軽く言っても消極的なほうなのでクロイスの入会以降二人の態度はそのままだった。…………やっぱりガキだ。
「その人物について、まあおそらく知らない人間はいないだろう。団長が蘇生させようとしているのは『死法師』だ」
「は?」
「へ?」
「ほう」
「あらまあ」
「…………」
五者五様の反応が返ってきた。(ちなみにジンは一生懸命クロイスの言葉を無視していた)
「でもどうやって?」
根本的な疑問をフィアが投げかける。クロイスは呆れた視線を返すが死者使役法の希少さを考えればそれも無理の無いことだなと思えた。もちろんフィアの頭の中の状況も考慮してだが。
「ジーニ」
お前が説明してやれと目線で合図する。それに対しジーニは
「クロイス、説明よろしくね」
にっこりと微笑みながら言った。
「チッ………いいか、テンプル騎士団団長が使う死者使役法というのは死んだ人間を蘇らせるという超能力スーパーテンションの一つだ。死者使役法により死んだ人間を蘇らせる方法は人を一人、生贄として捧げることだ。もっとも正式には素体と呼ぶらしいがな」
「生贄って…………『このものの命われに捧げよー』とか?」
フィアが奇怪なジェスチャーをしながらたずねる。
「いや、死者使役法による蘇生はそこまで神秘的なものじゃなくもう少し即物的なものだ」
「即物的?」
「そうだな、人に限らず生物を形作るものをおおまかに二つに分けるなら何と何になる?」
「ん〜、上半身と下半身!!」
自信満々にフィアが言う。
「そう、主に霊体と肉体に分かれる。生き物が生きているというのは簡単に言えば両者が一つになりきちんと同調シンクロしている状態のことだ。逆に死んでいるのは肉体が失われる等で両者が同調シンクロしてない状態だ」
「ちょっと、無視しないでよ」
「くだらない事にかかわっている暇は無いんでな」
「場を盛り上げるためのウィットにとんだジョークじゃない」
「そんな下らない下ネタは思春期のガキくらいしか言わないんだよ。ああそうか、お前もじゅうぶん処女ガキだったな。話を続けるぞ。人が死んでも魂は残る。だったらその魂に新しい肉体を与えてやればその魂は再び現世での行動が可能になる。つまり死者使役法における素体というのは死んだ魂の新しい肉体いれものをさす」
「ねえ、でもそれだったら素体はどうやって決めるの?確かテンプル騎士団の連中はその素体になる連中を必死こいて集めてるんでしょ。その死んだ人間のそっくりさんでも集めてるの?」
「素体において必要な条件は一つ。魔法力の波長が一致していることだ」
「魔法力の波長………何だっけそれ?」
疑問符を浮かべながらフィア。
「………本当に六星賢者か?お前」
呆れ顔のクロイス。
「私は実践派なのよ」
あっけらかんとフィア。直後に続くクロイスの盛大な溜息。
「………魔法力は性質として電気に近いところがある。電気というのは『熱』『光』『磁力』その他諸々もろもろのエネルギーに変換される。魔法力もそれと同じ、人体で生成される限りなく万能に近いエネルギー。違うところは魔法力から電気を作ることは可能だが電気からは魔法力を作れないということか、力として魔法力のほうが純粋なんだ。力として電気という形に加工されたエネルギーは魔法力というエネルギーに比べて不純なんだ。水に絵の具を溶かすことは出来るが絵の具の溶けた水から絵の具を取り出せないのと一緒だな」
「へぇー、そうなんだ」
感心するフィア。呆れるクロイス。
「それで魔法力の波長というのはだな、簡単にいえば電気の交流みたいなもんだ。特殊な装置で見ることのできるこの波長は指紋のそれと同じだ、同一のものは一つとして存在しない。死者使役法で使われる素体には、魔法力の波長の誤差が霊体と一パーセント以内の人間しか使われない。だからこそやつらは必死になって素体をかき集めているんだ。波長の誤差が一パーセント以内の人間なんてそう滅多にいないからな」
「ねえ、でもそれだったら男の体に女の霊が入るとか子供の体に大人の霊が入るとかするんじゃない?」
「その点に関してはまったく問題はない。肉体に入り込んだ魂は魂に刻まれた情報を元に体を作り直すんだ。その魂が記憶している在りし日の、最高の状態の自己の体に」
「って言うか気になってたんだけど反魂術ってあるじゃない。それとどう違うの?」
「………少しは参考資料を読め」
「いやー、だってめんどくさいじゃない」
笑いながらフィアが言う。
「ったく、いいか。相手が保持している能力が死者使役法と反魂術の場合危険度がまったく違うんだ」
「どうちがうのよ、どっちも死んだ人間を生き返らせるだけでしょ」
「いや違う、反魂術はそうだが死者使役法は付加価値がつくんだ」
「付加価値?」
「ああ、反魂術はそのまま死んだ人間を生き返らせて終わりなんだ。しかし死者使役法は死んだ人間を生き返らせると同時に対象の心理をいじるんだ」
「いじるって?」
「蘇生した人間の心理の一番根源の部分に絶対服従を刷り込むんだ。だからこそやつらは強さのみで仲間にする人間を選ぶことが出来る。対象の主義思想関係なくな。これが死者使役法の厄介なところだ。たとえば、やつらが生き返らせた人間とオレが相打ったとしよう。その場合、こちらサイドはオレを失い、相手サイドはオレと、オレと相打った人間を生き返らせれば戦力に元からいた人間とオレが加わる。この場合オレに選択権は無い。心理の一番根源に絶対服従が刷り込まれているんだからな。後はこれの繰り返しだ。むこうは相打ち覚悟で戦わせて相手の戦力を削ってその後で蘇生してやればいい。そうすればこちらの戦力は全て相手のものになる。理解できたか?死者使役法がどのくらい厄介か」
…………………。
静寂に包まれる。再度理解させられたのだろう。これから戦う相手がどのくらい危険かを。
「さて説明はこのくらいでじゅうぶんか?」
ジーニに向かって言う。一度頷き返しジーニが立ち上がった。
「それじゃあ、そろそろ彼女たちに話してもらおうかしら」
そう言って隅っこで縮こまっていたリータたちに視線を向ける。
「ねえ、ずっと気になってたんだけどあの子たちって誰なの」
「紹介が遅れたわね。三人ともごめんなさいけどもう一度自己紹介してもらえる」
「は、はい。スクール所属のシルビア・フォスリーゼです」
「えっと、同じくスクール所属のリータ・ライアルです」
「…同じくスクール所属のユーキ・トイムです」
「スクールの生徒がどうしてここに?」
「彼女たちは今日レン・イノシンたちに襲撃を受けたのよ。それでその時の話を聞こうと思ったんだけど」
「ふーん、そうなんだ………って、あれ?スクールって」
何かに気付いたようにフィアが言う。それに今日幾度目かの笑顔を向けてジーニが答えた。
「そっ、彼女たちはクロイスのお友達よ」
「へぇー、クロちゃんにも友達が出来たんだ」
「あらまあ、クロイスさんに御友人が」
「ほほ、そういえば模擬戦闘大会でも一緒におったのう」
「!!…………………………」
クロイス・カートゥスに友人だと(ぼそっ)」
もしかすると本日一番の驚きが出たかもしれなかった。なにせ一生懸命クロイスの事を無視しようとしていたジンまでがリアクションしてしまったのだから。
「それじゃあ今日あった事を話してくれる?」
「はい、わかりました。」
…………………………。
………………。
………。
「彼女たちの話からするとテンプル騎士団はすでに魔法庁が彼らの動きに気付いていることを知っていると。それでもリータちゃんの確保を優先した、こうなるわけね」
そこまで言ってジーニは全員を見回す。もっともクロイスはユーキたちが自己紹介を始めた時点で目を閉じていたが。
「テンプル騎士団がリータちゃんの確保を優先した、私たちの妨害も考慮に入れてもね。さてクロイス、どう思う?」
急に話を振られて鬱陶しそうにクロイスが片目を開ける。
「………………。やつらがこっちの妨害を受けても対象の捕獲をしなければならないほど切羽詰っているか、もしくは」
「レン・イノシン程の人間を失ってもリータさんを手に入れたかった。ですよね、クロイスさん」
クロイスの言葉を引き継いでマリィが言う。一度頷いてから
「もう一つ可能性があるのはもはや人材の損失を気にしなくてもいいほど組織が拡大したか」
「………可能性が一番高いのは?」
険しい顔でジーニが言う。それにクロイスは相変わらずの無表情で答えた。
「………言わずもがな、三つ目だろう。何せ相手は死者使役法の超能力スーパーテンション保持者だ。人材ならそれこそいくらでもいる。それになぜか最近は他の超能力スーパーテンション保持者も入団しているようだしな」
「そうね、………となると時間は掛けられないわ。ジン、クロイスの捕らえてきた空間師の記憶を読み取ったんでしょ。報告してちょうだい」
ジンは『クロイスが捕らえてきた』の部分に少し反応したが何も言わずに立ち上がり眼鏡のずれを直してから話し始めた。
「クロイス・カートゥスが瀕死の状態でつれてきた空間師の頭の中を漁った結果、得られたことはいくつかある。もっともその空間師が死んだためこれ以上情報を引き出すのは不可能だが」
「ちょっと待て」
少し苛立った様子でクロイスが声を上げる。
「話の腰を折らないでもらいたいな、クロイス・カートゥス」
「知ったことか。そんな事よりも、いかにもオレが殺したかのように言わないでもらいたいな、確かにオレが連れ帰ったときは瀕死の状態だったかもしれないが瀕死は瀕死、死んじゃいないんだよ。あくまでも止めを刺したのはおまえ自身だろう。ジン・ガゼル」
「しかしお前があそこまで傷つけなければ死ぬことも無かったが」
「はン、生かしてつれて来たところで発狂させるんなら大差ないだろうが」
「二人とも、そこまでにしなさい。クロイスは黙って、ジンは報告を続けなさい」
険悪な雰囲気になりかけたところで少し苛立った様子でジーニが声を上げる。ジーニの言葉通りクロイスは腕組みしながら壁に寄り掛かって目を閉じた。ジンはクロイスを一瞥してから話を再開した。
「まず詳細が不明だったテンプル騎士団団長についてだが。名前はゼイン・フォルテッシモ。年齢は三十八歳。保有魔法力は七万、そして死者使役法の超能力スーパーテンション保持者だ。団長についての情報はこの程度だ。次に蘇生させた人物についてだ。今現在蘇生させた人物は死法師の名高い『魔神メフィストリニアス・カイサム』『宵闇の知者ディーパーリン・アネミス』の二人だ。さらに残りの死法師である『暗殺者アサシンレオ・アレクサンドロス』『鋼の刃レザーエッジジャック・フィンランディ』二人の素体確保にはラーシル・リスター、ウルフ・ヤギナがむかっているようだ。次にやつらの組織形態についてだが。まず団長を筆頭にして死法師がその下につき団長の絶対的地位を固めている。その下には実働として各部隊長と団員がいる。またそれとは別に死法師直属の部隊として遊撃部隊というのが存在する。遊撃部隊に所属しているのは四人の超能力スーパーテンション保持者だ。先に上げた対魔抗体・霧散型ラーシル・リスター、元素操術者ウルフ・ヤギナ。そして残りは能力不明のカリュー・アーロン、そしてトーガ・リングバードの二名だ」
「カリュー?トーガ?聞いたこと無いわね。クロイス、ダミアン聞いたことある?」
「いや、初耳だ」
「わしも、聞いたことは無いのう」
二人の返答にジーニが眉をひそめる。クロイスはラッシュアーツによって、ダミアンは六星賢者の中でもっとも年上ということでその知識量はずば抜けていた。その二人が知らないとなると『カリュー』『トーガ』の二人は本当に無名なのだろう。
「そう……。それにしても本当に死法師が蘇生されたのね」
「ふむ、そのようじゃの」
「死法師、ですか」
「ねえ、死法師ってあの史上最高の魔法力と戦闘力を持ったっていうあの四人のことよね」
「そうなのだろう」
「………、いいわ、ここで悩んでいたとしても何も始まらないわ。ジン、たしかに『魔神メフィストリニアス・カイサム』『宵闇の知者ディーパーリン・アネミス』の蘇生は済んでいて『暗殺者アサシンレオ・アレクサンドロス』『鋼の刃レザーエッジジャック・フィンランディ』の素体確保にはラーシル・リスターとウルフ・ヤギナが動いているのね」
「あの空間師の記憶にはそうあった。仲間内で騙しているかもしれないが、その可能性は少ないはずだ。メリットがまったく無いのだからな」
「そう、となると二人の素体確保はすでに済んでいると見て間違いないわね」
ジーニはしばらく思案すると、全員の顔を見回して言い放った。
「六星賢者第一席として命じます。魔法庁はこれよりテンプル騎士団を、全戦力を持っての駆逐に入ります。あなたたち六星賢者には中核となってもらい、各々の全戦力を持って任務遂行にあたってもらいます」
ジーニの言葉に全員は無言で頷いた。
「それじゃあこれからのことについて話していくわね。ダミアン、死法師についてはどのくらいわかってる?」
「ふむ、何せ五百年以上の前の文献じゃからどこまで信用できるかわからんが、まずは『宵闇の知者ディーパーリン・アネミス』についてじゃが、性別は女性、享年は29歳。生前使っていた武器は今わしが使っておる『ホーリーホーリー』だったようじゃな。保有魔法力は280万7542と言われておる。次に『暗殺者アサシンレオ・アレクサンドロス』は男性、享年32歳。生前使っていた武器は残念ながらわかっておらん。保有魔法力は299万6521じゃ。『魔神メフィストリニアス・カイサム』については男性で享年は42歳。生前は、今は行方知れずの『イフリート』と呼ばれる戦斧を使っていたようじゃ。保有魔法力は307万0028じゃな。最後の『鋼の刃レザーエッジジャック・フィンランディ』は男性で享年は17歳。生前に使用していた武器は坊主の持っているF2じゃ。保有魔法力は385万4256。ちなみにレオ・アレクサンドロスとジャック・フィンランディは生前師弟関係にあったそうじゃ。ちなみにこの二人は “イクスティンクト”でもある」
「イクスティンクトって、詳細は?」
「そのことが記述してある文献はこの世にはすでに残ってはおらん。ただ事実だけが伝わっておる」
「………話を聞けば聞くほど絶望的なんだけど」
「ちなみにわしらの中で一番魔法力が高いのはジーニで178万4452、次いでジンの158万6998、サイルの146万9635、フィアの137万4257、わしの133万0098、マリィの122万5524、ラッシュアーツ開放時のクロイス115万2410といったところじゃな」
「………最悪ね」
「ジーニよ、戦闘は何も魔法力の高さだけで決まるわけではない」
「ええ、でも戦闘を決める一要因ではあるでしょう」
「悩むだけならガキでもできるぞ」
「わかってるわよ。それじゃあこれからの予定について話すわよ。まず魔法庁本部には防衛のために常に二人待機してもらうわ。そして残りの四人で二人一組ツーマンセルを組んで、テンプル騎士団の組織を片っ端から潰していってもらうわ。いい、必ず二人で行動するように」
「あれ、ジーニ。計算合わなくない?2+4=6よ」
「いいえ、あってるわ。クロイスは数に入れてないから」
「……どういうことだ」
多少険を含んだ声でクロイスが言う。
「あなたにはすでに他の任務を任せてあるでしょ」
「マージの保護のことか?それだったらアリアがいるだろう」
「いいえ、確かにそれもあるけどもう一つ任せたでしょう」
「対象の保護ならもう済んだだろう。それに一度失敗した対象にまたちょっかいを出すとは思えないけどな」
「けれど0%ではないでしょ」
「………ふぅー…」
長い吐息が部屋に響く、そして
「ふざけるな!!!」
瞬間、殺気にも似た怒気が部屋中を支配した。
「くだらねー事ばっか言ってんじゃねーぞ!!今!ここで!お前は!どの立場で!何を目的として発言すべきか理解してるんだろうな!!そこまで対象の安全が気になるんだったら賢人会のやつらを二、三人つけておけばいい」
「でも」
「いいか!勘違いしているようだからこの際はっきりと言っておいてやる、別にオレはスクールに何の未練も無ければ日常に戻りたいなんて気持ちは持ち合わせちゃいねーんだよ。そもそもこいつらだって所属していたクラスがたまたま同じなだけの赤の他人なんだ!」
「───ッ!あなたそれ本気で言っているの!?」
「今この場で嘘を吐く必要がどこにある?さあ、答えてもらおうか、賢人会代表議会第一席デッドハウリング。オレに与えるべき任務は何だ?」
「それは………」
「答えるならばあくまで賢人会代表議会第一席デッドハウリングおまえが答えろ。ジーニ・ホルンとしての答えは聴くつもりは無い」
「……………………………」
「ジーニ!」
「坊主、そのあたりにしておけ。ジーニも諦めるんじゃな」
「………でも」
「所詮ここにいる連中はどこか欠けてしまった人間なんじゃ」
「────っ、それでも私は…………、弟なのよ」
「………………ジーニ」
「なによ、サイル」
「……もういいだろう、一般人もいるんだ。………………そもそもこの部屋にいる限りはクロイスも話を聞くとは思えん。…この部屋にいる限りクロイスは魔法庁賢人会代表議会第七席キリングドールでいる。……ジーニ・ホルンとして話したいのなら別の場所にするんだな。………………そしてはっきり言おう、私もクロイスと同意見だ」
「どういうこと」
「…敵はおそらくこの時代になってから最大の火力を持って我々に向かってくるだろう。…………その戦局をクロイス抜きで勝てるとは到底思えないな。………そもそもこうなった原因の半分はクロイスにあるのではないのか?」
「っ!!どういうことよサイル!!」
「………………簡単なことだ。……クロイスが過去にテンプル騎士団を完全に潰しておけばこのような事態にはならなかったんじゃないのか」
「それは………」
「………………そして忘れるな。…その責はジーニ、当時クロイスに命令を下したお前にもあるんだ。………………ならば今ここで当時のミスを払拭するべきだ。………………下せ、ジーニ・ホルン。…我々七人を最大限に活かす命令を」
「……防衛のために魔法庁に残ってもらうのは三人、ただし指示を出すために私は常に魔法庁に残るわ。あなたたち六人にはローテーションを組んでもらうわ。まず防衛にはダミアン、フィアに残ってもらうわ。そしてまずはジン、そしてサイルがペアを組んでちょうだい。そしてマリィ、あなたはクロイスと組んでちょうだい」
「わかりました、ジーニさん。クロイスさんよろしくお願いしますね」
ああ、と答えながら目を開けるとサイルと目が合った。クロイスは目線で感謝の言葉を伝えた。それに返すようにサイルは軽く頷いた。
「ジン・サイルペアにはセントラルグランドサウス地区の『アトリア』にある拠点を、マリィとクロイスにはサウスグランドノース地区の『カリアエ』の拠点を攻めてもらうわ。行動開始は明日午前十時、準備等は済ませておく様に。それじゃあ解散」



ギィィン!!
キィン!!
キン!!
ギャリィ!!
ギィン!!
ガキィン!!
あたりに剣同士のぶつかる音が響き渡る。もはや何十合打ち合ったのか、それでも終わりが見える気配は無かった。
「ライズ!」
「逃がさん、つい
呪文と共に高速で二つのかげが移動する。
「くっ、レイン!」
片方の人影が十の光弾を射出する。
「迎え撃て、
呪文とともに空中に十本の、一mほどの細身の光の剣が現れ向かってくる光弾に向かって射出された。
ゴォウ!!
爆風が吹き荒れる中二つの人影は再び剣を打ち合い始めた。
「ふっ」
長大な剣が最大限間合いを活かして放つ横薙ぎの一閃、しかし
キィン!!
「むっ」
双剣が上段と下段、全く別の軌道を描いて襲い掛かる、だが
カァン!!
どちらもが致命的な一撃を放ちながら、しかしそれは相手にかすり傷程度しかつけることが出来ずにいた。
「クソッ」
再び間合いを離すと一無いし半瞬で構成を編み上げる。その構成を読み取りもう一つの人影も構成を編み上げる。
「テンペスト!」
「阻め、こう!」
ほぼ同時に呪文の詠唱が終わりそれぞれの魔法が発動する。白い光が矢のようにもう一つの人影に向かって放出される。そしてそれを阻むべく不可視の壁が現れた。
「ボルケノウ!」
「甘い、せん!」
ちょうど二人の中間あたりに魔法によって生み出された白い、ソフトボール位の炎の玉が現れる。それは一瞬の間をおいた後、一気に指向性を持って膨張した。サイルの眼前を白い炎が迫り視界を塗りつぶす。しかしそれも一瞬、突如現れた小型の竜巻によって掻き消された。
「ライズ!」
魔法が利かなかったことには全く関心を持たず次の魔法を発動させる。力場形成によって最大限にまでスピードを上げた人影が全体重をもって上段から切りかかる。そしてそれを阻むべくもう一つの人影は双剣を構えた。
キィィイイィンン!!
甲高い音と共に火花が飛び散る中二人の鍔迫り合いは続いていた。
「ふ……づぁ」
「む……くぅ」
十秒か、一分かそんな状態が続くも均衡は一瞬にして破られる。片方の人影が一瞬剣を押し込みその力を利用してバックステップで距離をとる。急な動きで一瞬、もう一つの人影のバランスが少し崩れる。そしてそれは極めて致命的な一瞬と成りえた。
カァン!!
初撃。横薙ぎに来る長剣の一撃を双剣が何とか受けきる。しかしそのせいでさらにバランスを崩してしまう。そのまま長剣を持つ人影が体を旋回させ剣を持ち替えながら逆方向から柄尻で頭部を狙う。
ガツッ!
それはそのまま何の抵抗も無く鈍い音を立てて相手のこめかみにヒットした。
「づう」
軽い脳震盪が起こり全身の力が弛緩する。
ギン!!
その隙を狙って双剣が二つとも弾き飛ばされる。
「くっ」
長剣を持った人影は相手の肩を蹴り仰向けに倒す。そのまま相手の方を踏んで動きを封じ込め相手の首に向かって剣を突きおろす。
ヒュン!!!
喉に切っ先が触れるか触れないかの辺りで剣の動きを止めた。
「………………私の負けか」
「ああ、オレの勝ちだ」
パキィィ!
どこか感慨深げな二人の呟きと同時、閉鎖空間が消滅した。
「よっと」
閉鎖空間から出て板張りの床に腰を下ろす。周りを見回すと体育館程度の広さの部屋に自分たちと同じように休んでいる人間が何人かと閉鎖空間の箱が七つほど浮いていた。あの中では何人かの魔法師たちが鍛錬を積んでいることだろう。
魔法庁トレーニングルーム。一昔前までは屋外に広大な(それこそサッカーグラウンド、ン十枚分)土地を設けて行われていたトレーニングも十数年前に閉鎖空間の構成が解読されたことから屋内の限られた空間で行えるようになっていた。
「………………相変わらず厄介だな、神性芸術品ラッシュアーツというのは」
「はっ、その神性芸術品ラッシュアーツ対策に数手ごとに型を変えるなんつー器用な人間に言われたかねーな」
「………………だが神性芸術品ラッシュアーツの前には通じはしなかった」
声にほんの少し悔しさをにじませながらサイルが言った。
「いや、オレ以外の神性芸術品ラッシュアーツには十分有効な手段だ。それに武器を遣いきっていたら勝負は分からなかっただろうよ」
「………………それこそこっちが負けていたと思うが」
「冗談きついな」
どこか面白そうにクロイスが言った。
「全く、あなた達とは絶対に戦いたくは無いわね」
クロイスの後ろから歩み寄りながらジーニが言った。
「それこそ冗談がきついだろう、ジーニ。お前のエレメントブラストとは死んでもやりたくはねーよ。まぁサイルのグラビディブレイカーもだがな」
「あら珍しい、褒めてるのかしら」
「褒めるも何もただの事実だろうが」
「でも私には一時間以上も剣を打ち合うなんて真似は出来ないけど」
「いくら接近戦が出来るといっても弓使いにそんなことされたらオレらの立場が無いってぇの」
「………………同感だな」
「あら、冷たいのね。まあいいわ、それでこれからどうするの?まだ続ける?」
「いやさすがにもう切り上げるさ。明日からは仕事もあるしな。マージにも話しておく必要もあるだろ」
「あら、ちゃんとマージちゃんのことを気に掛けてるのね」
嬉しそうにジーニが言った。しかしそれに水を差すようにクロイスが言った。
「仕事だからな、サイルはどうするんだ?」
「………………私も部屋に戻る」
「そう、それじゃあクロイス悪いんだけど彼女たちを宿泊室まで案内してくれない?」
シルビアたちを視線で指しながらにっこりとジーニが言う。その一言で薄い笑みを浮かべていたクロイスの表情が思いっきりいやそうな表情へと変わった。



六室での会議が終わった後、クロイスは会議が始まる前に約束したとおりサイルと戦闘訓練をすることにした。ただ、そのときにジーニが見学したいと言ってきた。まあ別に見られて何が変わるわけでもないから許可した。そしてトレーニングルームに向かって歩き始めた人数は、なぜか六人だった。
ジーニいわく:素直になれない弟のために優しいお姉さんが一肌脱いであげるのよ。
クロイス曰く:まさかここまで物分りの悪いバカだとは思わなかった。
二人の感想はざっとこんなものだった。



「……………………………。」
コッ、コッ、コッ、コッ
「……………………………。」
カツ、カツ、カツ、カツ
「……………………………。」
サッ、サッ、サッ、サッ
「……………………………。」
テク、テク、テク、テク
…………………き、気まずい。
「……………………………。」
コッ、コッ、コッ、コッ
「……………………………。」
カツ、カツ、カツ、カツ
「……………………………。」
サッ、サッ、サッ、サッ
「……………………………。」
テク、テク、テク、テク
無言。響くのは四人の足音だけ。もう五分ほど歩いただろうか。あの後結局ジーニに押し負けてクロイスは三人を案内することになったが会話というものが全く無かった。理由は単純。さっき六室でクロイスが言った『赤の他人宣言』で三人が怒るというか、哀しむというか、裏切られた感というか、とにかく意気消沈、テンションが下がりまくっていたのだった。それプラス、クロイスから発せられる『話しかけるな、今はものすごく機嫌が悪いんだ』オーラがさらに会話しにくい状況を作っていた。クロイスにいたってはそんなオーラを発しているわけでいうまでも無く会話なんかする気は無かった。
「……………………………。」
コッ、コッ、コッ、コッ
「……………………………。」
カツ、カツ、カツ、カツ
「……………………………。」
サッ、サッ、サッ、サッ
「……………………………。」
テク、テク、テク、テク
一分経過
「……………………………。」
コッ、コッ、コッ、コッ
「……………………………。」
カツ、カツ、カツ、カツ
「……………………………。」
サッ、サッ、サッ、サッ
「……………………………。」
テク、テク、テク、テク
さらに二分経過
「……………っ、あのねクロイス」
勇気を振り絞ってリータが声を掛けた。
「…………………」
BUT!!しかしクロイスは無視。
「クロイス?」
「…………………」
「クロイス!!!」
とうとうクロイスの腕を掴んで(速攻で外されたが)自分たちのほうを振り向かせる。
「……………チッ、なんだ」
高圧的にクロイスが言う。
「先に言っておくがお前らとの関係についてはさっき六室で言ったとおりだ。変更する気は無い。それ以外のことでなにかあるなら聞くが?」
「えっと……………」
「ないんだな」
「いや、だから、それは…えっとーその」
「ないんだろうが。行くぞ」
「む〜〜〜〜。あっ!!そうだクロイス、聞きたいことがあるんだけど」
明らかに今思いつきましたと言わんばかりの口調でシルビアが声を上げた。その様子に呆れながらも一応クロイスは話を聞くことにした。
「えっとね、………キリングドールって何なの?」
「オレの二つ名だ」
「…………………」
「…………………」
「…………………」
「…………………」
「…………………」
「…………………」
「ってそれだけかよ」
ユーキは突っ込みをおぼえた!
「えっとねキリングドールがクロイスの事を言ってるのはなんとなく分かってたんだけどどうしてそんな名前がついてるの。それに『殺す人形』ってそんな変な名前が………」
「間違いを正しておくと『殺戮人形』だ。いいか、通常六星賢者には尊敬と畏怖の念をこめて二つ名というものが付けられる。『死の絶叫デッドハウリング』『悪魔喰らいデモンズイーター』『聖騎士パラディン』『災厄の魔女ウイッチカミティ』『鋼鉄の猫メタルキャット』『真魔師トゥルーアデプター』、これらは全て当人の知らないところでいつの間にか勝手に付けられたものだ。まぁもっとも『真魔師トゥルーアデプター』だけは少し事情は違うが。………『殺戮人形キリングドール』もそれと同じ、六星賢者クロイス・カートゥスに付けられた二つ名だ。もっともこの二つ名に尊敬の念なんざただの一つもこめられていない。あるのは畏怖と嫌悪、それに皮肉だけだ。」
「皮肉ってどう言う事?」
「………はじめから説明した方が早いな。『殺戮人形キリングドール』、その言葉の起源は古くラッシュ教の聖典『深淵天書』にその言葉が出てくる。深淵天書に記述されている内容はこうだ。

── 過去、人間は今とは比較にならないほどの技術を有していた。その技術を有した人々はある一つの理想を掲げた。『今こそ神を凌駕するべき存在たらんと』。その理想のもとある一つのものが作られた。それこそが『神殺人形キリングドール』。神殺しのために生まれた人形だ。深淵天書にはこう記されている。神殺人形キリングドールは人より与えられた命に従い神ラッシュに戦いを挑んだ。戦いは十年間休む事無く続いたという。人々はその結果に満足していた。神と同等のものを作り上げたのだと。しかし神と言う存在はそこまで容易くは無かった。その喜びはある時一瞬にしてついえた。神ラッシュが神殺人形キリングドールを打ち破ったんだ。神は激昂し人間の行いを決して赦しはしなかった。神は自身との戦いによって傷ついた神殺人形キリングドールを癒し一つの命令を与えた、人の世を滅ぼせ、と。そして人は文明の全てを奪われた、もとより神殺人形(キリングドール)には人間のもてる最高の技術を注ぎ込んでいた。だからこそ人は神殺人形キリングドールを滅ぼす事は出来なかった。人々は神の命に従い自分たちを滅ぼさんとする人形の姿を見て認識を改めた。もはやこの世に『神殺人形キリングドール』は存在しない、今自分たちを滅ぼそうとする存在は『殺戮人形キリングドール』なのだと。神は人の世を破壊し尽くしその役目を終えた殺戮人形キリングドールを自らの手で破壊し姿を消した。神無き後の世、人々は自分たちの無知さを嘆き、後の世の人間が同じ過ちを繰り返さないために深淵天書を残した。──

本来人にとって脅威のみを示すこの本が聖典に成りえたのはひとえにこの本には神ラッシュの実在が描かれているからだろうな。オレが殺戮人形キリングドールと呼ばれるのは似すぎているからなんだ。殺戮人形キリングドールは神の命令で人々を襲い殺した。おれは神性芸術品ラッシュアーツを持ちその力で人を殺している。似すぎているんだよ、その存在のあり方があまりにもな」
「どうして…………、どうしてそんなことするの。人を殺す生き方なんて………」
「理由なんか簡単だ。仕事だからだ」
「そんな、止めなよ、そんな人を殺すなんて仕事は」
「…………誰に口を聞いてるつもりだ、小娘」
「えっ?」
「ただのスクール生であるお前が六星賢者のオレに指図していい権利なんざどこにもねーんだよ。ジーニと同じで何を勘違いしたかは知らんが本当ならお前らはオレに話すら出来る立場じゃねーんだよ」
「でも!!」
「着いたぞ」
「え?」
カチャ
扉を開けて中に入ると受付があった。女性職員はクロイスの姿を見ると慌てて立ち上がり礼をした。クロイスが職員に近寄り二言ほど話をして戻ってきた。
「ここが宿泊室だ、話は通した。後はこの職員の指示に従え」
「クロイス!!」
「じゃあな」
バタン
「どうぞこちらへ」
タイミングを計ったかのように間を置かず職員が話しかけてくる。リータたちはしばらく扉を見ていたがあきらめて職員の後について行った。



「ふふ、またトレーニング?」
扉を開けて最初に聞いた声がそれだった。
「大丈夫だ、かすり傷だけだ」
特にアリアの顔を見ないで言う、なぜこんな事を言う気になったのか。原因がマージの心配そうな顔がふと見えたからということにクロイスは気付かないふりをしておいた。
「治癒、頼んでもいいか」
「良いに決まってるでしょ。言われなくてもするつもり」
そういいながらジーニが近寄ってくる。そのままクロイスの胸の真中に片手を触れさせたまま構成を編み上げる。
「癒し照らすは純然たる光」
呪文の詠唱が終わると共に傷がふさがっていった。もともと治癒魔法と言っても怪我を治すのではなく、怪我をした部分の代謝を強制的に促進させ自己治癒によって傷を癒している。それ故に治癒魔法を扱うにはそれ相応の才能が必要になる。人体の構造の知識、怪我などの知識、怪我の具合を瞬時に読み取る観察眼、細胞増殖に関する天性の直感。前者二つは知識だけなのでどうとでもなるが後者二つは才能に左右されるため治癒魔法が使える人間は実はかなり限られていた。(クロイスが自分で癒さなかったのもこのせい)
「それで相手はサイル?」
「ああ」
「やっぱり、あの子くらいよね。あなた相手にここまで互角に戦えるのは。それで会議はどうだったの」
「その件で話があるんだが」
そう言いながらクロイスはマージが座っている向かいのソファに腰かけた。アリアもマージの横に腰かける。
「明日から正式にテンプル騎士団討伐が始まることになった。だからマージの保護にかかれる時間ははっきり言ってほとんどない。アリアにはその間マージの保護を頼みたい」
「かまわないわよ、もともと私はあなたのサポート役なんですから」
話を聞いていたマージがメモ帳にペンを走らせてクロイスに渡す。
『いつ、終わるの?』
女の子らしいコロコロした字で、そう書かれてあるメモ帳を読みクロイスはしばらく思案しながら
「分からない」
と答えた。
「ただ」
とも繋げたが。
「可能な限りはここに戻ってくる。仕事も速めに終わらせるさ」
そう告げるクロイスの表情は滅多に無い優しい微笑だった。