第七章『開幕の唄〜急襲〜』




何度も見て、何度も同じ結末を迎える。変化の無い同一の消滅。
泣き続ける子供。それをあやす若い男女。子供の腕の中でもはや動く事の無い一匹の猫。紅い左眼。溢れ出した魔法力の奔流。光。無音の消滅。
いつもどおりの『セカイ』
何度も同じストーリーをたどるその夢に、だがその日、不可解なものが混じっていた。
真紅の両目を持つ少年。幼い自分からは少し離れたところに立っていた少年は何の抵抗も無く微笑みながら自分の出した光に飲み込まれる。
無音の消滅を続ける、真っ白な光のセカイにはじめて聞く、ただどこか懐かしい声が響いた。
「ねぇ、クロイス・カートゥス。君はこの運命に何を望む?」
懐かしい声で、そう響いた。



バサァッ!
薄手の布団を跳ね飛ばしてクロイスが勢いよく上半身を起こす。
「…………なんなんだ?」
ありえないものが現れた。
いつも通りの夢だった。いつも通り幼い自分がいて、いつも通り一組の男女が自分を取り囲んで、いつも通り腕の中には動かない一匹の猫がいた。そこからもいつも通り。いつも通り左眼が紅くなり、いつも通り頭の中が真っ白になり、それに連鎖するかのように真っ白な光が視界を塗り潰した。いつも通り、いつも通りだった、ここまでは。
唐突に現れた『紅い両眼』を持った少年。
(だれ……だ?)
『ねぇ、クロイス・カートゥス。君はこの運命に何を望む?』
告げられた言葉の意味。
(何だってんだ、いったい)
そこまで考えてから急にしらける。
「…………アホくさ、ただの夢じゃねーか」
そう結論付けて着替えを手に取った。ただ、夢のせいだろうか。喉がカラカラに渇き全身からは嫌な汗が噴出していた。そして頭の隅には、喉に刺さった小骨にも似た小さな違和感が消えずに残っていた。



「妹は元気ですか?」
移動中の車の中マリィがそんな事を言ってきた。
「妹?………ああ、レイラ・ハントノートの事か」
ここで補足説明:(六星賢者であるマリィ・ハントノートとスクール理事長秘書であるレイラ・ハントノートは二卵性双生児で姉妹だった。姉は聞いての通りマリィ)。
「ええ、やっぱり姉としては心配ですから」
「特に変化は無かったように思う。相変わらず無愛想だったよ」
「昔から内向的なところがありましたからね」
どこか懐かしそうな目をしながらマリィが笑う。
「まったく、理解に苦しむな。姉と同等の力を持ちながらなんでわざわざデイサスなんかの秘書をやってるんだか」
「デイサスさん、かなり破格のお給料を払ってくれるらしいんですよ。それにあの子は昔からどこか自分の役割を演じてしまう様なところがありますから。たぶん、今自分がいなくなったらスクールの機能が麻痺してしまうことに気がついているんでしょう」
「なかなかに難儀な性格だな」
「かわいいところもあるでしょう?」
「さあな」
「お二人とも、そろそろ着きます」
事務的な口調で男の職員が言った。
「さあて、何が出るかな」
クロイスは少し楽しげに言いながら喉の奥でクックッと笑った。



目の前にあるのは少し街から外れた場所に位置する雑居ビルに似た建物だった。
「隠密機動部隊の方たちの話によりますと地上部は囮の廃ビル。本部は地下にあるそうですよ」
「地下か。地下は何階なんだ?」
「ええっと。地下部は地上部と同じで六階層だったはずですよ」
「地上六階層、地下六階層の合わせて十二階層か」
「それじゃあ行きますか」
「どこに?」
「どこって、あのビルの地下に決まってるじゃないですか」
「わざわざんな面倒な事する必要ないだろ」
「え?」
「どいてろ。でかいの、いくぞ」
クロイスがそういった瞬間大規模な構成がビルを取り囲むように展開し、空間を支配した。慌てた様子でマリィが制止に入った。
「ちょ、ちょっと待ってくれませんか。クロイスさん」
「あん?」
「そんなことやったら私の楽しみが減っちゃうじゃないですか」
「我慢しろ」
「そんなぁー、ひどいですよ」
恨みがましそうにマリィが言う。それにクロイスは自嘲の笑みを持って返した。
「オレに何かを期待するな」
そういってクロイスは意識を集中させる。それは一枚の布を編み上げて糸にするイメージ。全神経を鋭敏化させる。マリィとの会話で崩れていた構成を破棄。同時に新たな構成を編み上げる。構成を空間に展開。それに形を持たせるための呪文を吐く。
「ハリケーン!」
呪文と共に魔法力が放出。展開された構成に従い形を作る。現れたのは千単位の光弾。
「逝け」
呪文と共にそれらはいっせいにビルの一階部分に向かって射出された。
爆音
一階の大部分を失ったビルは一斉に倒壊を始めた。
しかしそこで終わらない。追い討ちをかけるようにさらに破壊を放つ。
「テンペスト!」
空からまるで隕石のように計八本の光熱波が降りそそいだ。熱風が駆け抜けていく。しばらくして瓦礫の崩れる音が収まったが辺りは砂埃で視界が利かなくなっていた。
「エメラルド!」
マリィの声が周囲に響くと、暴風が一瞬にして砂埃を押しやった。
「む、ん。どうやら地上部は、完全に倒壊したみたいだな」
「ええ。そのようですね」
二人の視線の先には瓦礫の山が存在していた。目分量で換算しても地上六階分の瓦礫が丸々。
「どうやら地下には相当厄介なのがいるらしいな」
「そうみたいですね。まぁ、雑魚は私に任せてください」
マリィはどこか楽しげに言った。
「さってと、それじゃあいくとするか」
「そうですね」
そういって二人は歩き始めた。傷一つ付いていない地下への階段を。



「死ねやコラー!」
「くたばっちまいなー!」
「ひゃはははは」
屋内で戦う事を前提にしてだろう。ナイフを持った三人の男が通路の向こうからこっちに向かってきていた。
「ったく、せっかちな奴らだな。宅配便とかだったらどうする気だ」
「いきなりビルを破壊する宅配便もいないと思いますけど……」
苦笑を浮かべてマリィが言う。クロイスも苦笑を持ってマリィに返す。
「冗談だ、笑っておけ」
そんな事を言ってる間に敵との距離がかなり縮まっていた。
「おらぁ!」
「ひゃはあ!女だ!女!!」
「ガキは殺せぇ!女は殺すな!」
なかなかに悪人じみた事を言ってくる三人を見ながらクロイスがたずねる。
「それで?お前が相手するのか、マリィ」
「ええ、譲っていただけるのでしたら」
「それじゃあ予定通り雑魚の相手は任せるぞ」
「その方がいいでしょう。個人の戦闘能力ならばクロイスさんのほうが上ですし。クロイスさんはここの親玉さんをお願いします」
マリィが言い終わるとほぼ同時三人の男が襲いかかってきた。それをクロイスは後ろに下がる事でかわし、マリィはナイフの軌道をすり抜けるように身を躍らせた。
「それでは僭越ながら私、六星賢者第五席鋼鉄の猫メタルキャットマリィ・ハントノートがお相手をさせていただきます」
それと同時マリィの左手の指輪が光り手の中に先が三叉になった鞭が現れた。
『圧縮法』と呼ばれるこの技術は媒体の内側に『魔法文字ルーングラフ』と呼ばれる構成を記号化したものを削り込む事で媒体にものを格納する事を可能にした技術である。媒体には指輪が用いられることが多く、クロイスのF2や機銃、散弾銃といったものも圧縮法を用いて指環に格納されている。またクロイスは閉鎖空間の構成も魔法文字ルーングラフを使って指輪に刻み込んでいる。そのためクロイスの閉鎖空間はいつでも全く同じ物が作られる。
鞭が現れると同時にマリィに変化が現れる。白かった肌は薄く朱に染まって息が若干荒くなり、恍惚とした表情を浮かべる。ほんのりと汗を浮かべたその姿は『妖艶』という言葉がぴったりだった。
「あん、ふぅ、ん」
濡れた吐息を吐いて唇を舐める。唐突に様子が変わったマリィに三人の男は明らかに動揺していた。そしてその動揺が隙を生んだ。
ピシィイン!
通路に鞭の音が響き渡る。その一振りで三叉の鞭はそれぞれが蛇のように男たちのナイフを弾き飛ばした。
「坊やたち、私に刃物を向けるなんていい度胸じゃない?」
明らかに今までとは違う声質に男たちは動揺する。それを見ながらクロイスは軽い笑みと共に呟いた。
「でたか、悪癖が」
「さあ、そこに一列に並びなさい。三度、三度鞭でいたぶってあげるわ。その後で言いなさい。『卑しい卑しいこの豚に更なる愛の鞭を』と」
だがそんな言葉を敵である男たちは聞くはずも無く一斉に殴りかかってきた。
「さっきから黙って聞いてりゃこのアマ好き勝手言いやがって!」
「テメーなんざ速攻でぶちのめしてやるよ」
「そんでその後はお前のピ──────に*****を〇×〇×〇×で$¥$¥$¥して#####してやるよ!!ひゃはははは」
三人の男が放ってくる拳をまるで舞を踊るかのようにかわしながらマリィが言う。
「あらまあ、口が悪いわねえ。そういう子達にはキツーイお・し・お・きが必要よね」
そういってマリィが鞭を振るう。三つに分かれた鞭がそれぞれ男たちを打ち据える。そして
「「「ぎゃ!!」」」
三つの悲鳴が重なった。
バタッ!!
倒れる音も重なった。
「ふふ、いかがですか。私の愛する三叉鞭。『キャットテイル』のお味は?」
そう言いながらマリィは愛しげに鞭を撫でる。
「ふふふ、この子はただの鞭ではないんですよ。この子は私の意志に応じて電気も発する事が出来るんですから。ちなみに先程あなたたちに与えたのは、ほんの5万Vボルト。弱めのスタンガンといったところですわ。さあ!」
ピシィン!
「いつまで!」
パシィン!
「眠ってる!」
ペシィン!
「つもりですか!」
パシィン!
「うふふふふ。さあまだまだ躾はこれからですよ。ああクロイスさん」
今思い出したようにマリィが言う。
「先に言っててください。こちらはもう少しかかりますから」
わかった、と頷いてクロイスは
「レイン!」
床をぶち抜いた。
落下に身を任せながら地下二階に降り立つ。何人かが突然の事で唖然としているがそんな事はお構い無しに再び床を破壊する。それを計五回繰り返す。最下層である地下六階に着くころには上での戦闘も激しさを増しているようだった。

「「「卑しい卑しいこの豚に更なる愛の鞭を」」」
「さあ、受け取りなさい。坊やたち」
「「「ああ、もっと、もっとお願いします。女王様」」」

「……………………行くか」
そういってクロイスは通路の奥へと歩き始める。その先には一階で見たのと同じようにナイフを持った男が四人控えていた。そして、一斉に襲い掛かってきた。
一人目のナイフをバックステップでかわすと同時クロイスの左手にはめられた指輪が光った。
二人目のナイフが心臓をめがけて突き出される、それにクロイスは体を開く事でやり過ごす、指輪の光は納まり手の中に漆黒の円柱が現れる。
三人目のナイフはしゃがみながら相手の方に踏み込む事でかわす。それと同時漆黒の円柱から20cmほどの両刃もろはの刃が現れて短剣を形作っていた。
そして四人目。手を出しにくいように体勢を低くした状態で接近する。その状態で死角を突くようにナイフを突き上げる。それはあっけないほど簡単に相手の胸に突き刺さった。そのまま左手に持った短剣の柄尻に右手を添えながら左手を捻る。心臓に空気が送り込まれて相手の体が一瞬で動きを止めた。返り血を気にせずに体の向きを入れ替えると残った三人が再び襲い掛かってきていた。
一人目のナイフを手に持った短剣で弾き返しながら腹を蹴り抜く。ただ体重は乗っていなかったのでたいしたダメージを与える事は出来ていなかった。
しかしそれは一瞬以上の隙を作った。蹴りに使った足を地に着けて踏み込んで、喉元に短剣を突き立てた。短剣を突き立てたままもう一度相手を蹴り飛ばす。
蹴りの勢いを利用してバックステップを踏む。残った二人は蹴り飛ばした死体に道を阻まれていた。そのまま三メートルほどの距離が開く。その状態から半挙動でさっきの男から奪っておいたナイフを投げ、同時に駆け出す。放たれたナイフは吸い込まれるように残りの二人の内の一人の胸に突き刺さった。男が倒れる音をどこか遠くに聞きながら意識を目の前の男に向ける。
(この四人の中ではおそらくこの男が一番強いはずだっ!)
相手の武器はナイフ。対するこちらは無手。武器を回収する暇は無かった。突き出されたナイフが頬をかすめる。紙一重で交わして体勢を立て直しながら迫り来るナイフをかわしていく。
一撃一撃が致命傷必至の一撃だった。確実に急所ばかりを狙ってくるナイフをそれでも五度かわしてからクロイスは攻めに出る。突き出された腕を掴み引っ張る。それと同時に鳩尾に肘を入れ、さらに距離を詰める。相手の引きつった表情がアップで視界に飛び込んできて顔に吐息がかかる。そこまでの距離に詰めてから右の手に力を込めて突き出す。男の胸に深々と突き刺さるものがあった。
F2
それは確かに男の仲間の一人の喉に刺さってそのままになっていたはずのもの。それ以降決してクロイスに回収する暇の無かったもの。だがそれは現実として男の胸に突き刺さっていた。男が視線をめぐらせるが仲間の喉に突き刺さっていたはずのF2は無くなっていた。どうしてという表情を浮かべながら男はその場に崩れ落ちた。
〔F2.正式名称Fourth Face〕 その能力は現代では不可能とされている『重複圧縮法』により漆黒の円柱に四つの武器を格納している。また武器一つ一つには固有能力があり剣の場合なら『破界』と呼ばれる閉鎖空間、結界などの固定型魔法を断ち切る能力を持っていた。先程クロイスが持っていなかったはずの短剣を手にしていたのも同じ原理で短剣の固有能力『夢幻』を使った結果だった。夢幻の能力は離れた場所にあるF2を一瞬にして回収する事を可能にするものだった。またたとえ手放したときの形状が短剣でなくとも短剣に変えて回収する事も可能としていた。
「さて」
刃をしまったF2を手の中で遊ばせながらクロイスは扉を開けた。扉の向こうにあったのは地下とは思えないほど広い石造りの部屋だった。



「待ってたぜぇ。クロイス・カートゥス。史上最年少の六星賢者」
「初めましてと言うべきか。ウルフ・ヤギナ。裏社会最強の殺し屋よぉ」
そこにいたのは癖のあるロングの金髪に無精ひげを生やしてヨレヨレの黒いスーツを着崩した男だった。裏社会に少しでも関われば必ず知る事になる人間。その男が今目の前で不敵な笑みを浮かべていた。
「へぇ。裏の人間である俺の事を知っていたのか。それは光栄だな」
「ふん、そいつはお互い様だろ」
「知っていて当然だ、というよりも今裏でテメェを知らない人間を探す方が難しいだろう。そこまでテメェは有名だよ。最年少にして異端法師という六星賢者はな」
「それでその異端法師にお前はどうしようってんだ。元素操術師エレメントタクトさんはよぉ?」
「はっ。無謀にも戦いを挑もうってんだよ」
その言葉と共にウルフが右腕を肩の辺りまで上げて勢いよく振り上げる。その動きに合わせるかのように螺旋を描いた炎が三つクロイスに襲い掛かった。
「くっ」
サイドステップを刻みかわしていくが三本目がかわしきれずに右の二の腕をかすめた。
「逃がすか!」
ウルフがさらに腕を振る。それに呼応して雷が五本襲い掛かった。二本がかわしきれずに頬と足をかすめていく。
「ふんっ、実際に相手にするとやりにくいもんだろぅ。元素操術エレメントタクトは」
「まったくだな。基本は単純な魔法と同じなくせしやがって」
「そう、元素操術エレメントタクトには構成が存在しないんだよ、クロイス・カートゥス。さらに」
ウルフが両手を振り上げて
元素操術エレメントタクトならばこんな事も可能なんだよ」
勢いよく振り下ろした。
風の刃や襲い掛かり地面からは棘状の隆起が現れた。
「づぁっ」
それこそ脊椎反射の動きでクロイスは地面の隆起と風の刃をかわす。しかし風の刃はかわしきれずに左腕を削っていった。それに追い討ちをかけるように螺旋の炎と雷が襲い掛かってくる。
「っアーマー!」
目の前に現れた不可視の壁が寸でのところで炎と雷を阻む。傷口を押さえると生暖かいぬるりとした感触があった。
(傷は……結構深いな)
「燃えろ」
適当な呪文で適当に傷口を焼いて止血する。膨大な『痛み』という情報が意識を持っていきそうになるがどうにか耐える。
「どうだ?同時に襲い掛かる二つの攻撃ってのは。魔法じゃまず味わえない経験だろう」
傷を負わせた事に気をよくしたのだろう。ニヤニヤしながらウルフが言ってきた。
「確かにな。魔法では不可能なことだよ、普通なら重複構成になるからな。魔法なら構成を編む時点でその構成に集中しなけりゃならねー。同時に二つの攻撃を仕掛けるなら二つの構成を編んで二つの事に集中するって言う矛盾を生み出す」
「そう。今まで何人もの魔法師たちが無謀にも俺に挑み、この同時攻撃の前にことごとく敗れていったさ」
「だからこその闇の称号か」
「さあ、簡単に死んでくれるなよ。異端法師!」
そういいながらウルフが腕を振るう。迫り来る雷をかわしながら構成を展開する。
「テンペスト!」
光熱波がウルフに向かって襲い掛かる。だが
「あまい!」
その言葉と共にウルフの前に土中から鉛色の光沢を放つ壁が幾枚も現れた。
「あまい、あまい。確かに俺の魔法力はお前らから見たらほぼ無いに等しいだろう。それに俺には元素操術エレメントタクトもあるから魔法は使う事は無い。でもなぁ」
ウルフが獰猛な笑みを浮かべる。
「魔法に対する知識も人並みにはあるし、構成を読み散ることも可能なんだよ!」
その言葉と共にウルフの周りにバレーボールくらいの透明な玉がいくつも現れる。
「水、か?」
「ご明察。ただの水だ、ただし百分の一まで圧縮されたな」
言葉と共にウルフが腕を振るい水弾のひとつが弾け、水流が迫ってくる。だがそれはクロイスにから大きくそれた位置に着弾。
ドゴォオオンン!!
砲弾にも似た音があたりに響き渡る。着弾場所は深くえぐれて爆発跡にも似ていた。
「珍しいだろう。水での攻撃は。お前ら魔法師はわざわざ加工しないと使えない水を使おうとはしないからな」
自慢げなウルフの言葉を聞き流しながらクロイスは破壊跡を見ていた。
「………今の」
「ん?」
「今の攻撃はわざと外したのか?」
「ああ」
「そうか。………もう一つ、今のが本気か」
「まさか?半分ってところだな」
「そうか。………悪いがオレの知ってる魔法師はこんなもんじゃなかったぞ」
「なっ。虚言を吐くな。魔法師が水を攻撃に使うはず無いだろう!」
「悪いがいるんだよ、変わった人間がな」
「変わった人間?」
「ああ、見ず知らずのガキに延々話しかけてきた馬鹿な女だ」
「だったら、その馬鹿な女が放つ俺以上の攻撃を見たんだったら、全てかわしてみせろ!」
ウルフが腕を振るうと同時残っていた水の玉が一斉に弾けてクロイスに襲い掛かった。
「言われなくてもな!」
(タイミングは掴んだ!!)
元素操術エレメントタクトは魔法における構成の変わりに発動に一つの条件を必要としていた。
(やつは攻撃のたびに腕を振るっていた)
だからこそ“タクト”
(その名の通りやつは地水火風雷エレメントの指揮者って事だ)
腕を振るってから発動までのタイムラグ。腕の振るい方の微妙な違いによって起こる発動の変化。それら全ての情報は、
神性芸術品ラッシュアーツがもたらしてくる。だったらオレは負けるはずが無い!!)
迫り来る水流を迎え撃つ構成を一瞬で編み上げる。
「ボルケノウ!」
白い炎の玉が現れて一瞬で膨張する。白い炎は水とぶつかってそれら全てを蒸発させた。水蒸気があたりを覆い一瞬で視界が利かなくなる。
「くっ」
ウルフが腕を振るいそれらを一瞬でかき消す。そして自分の周囲を支配する構成に気がついた。視線の先には腕を上げて構えをとるクロイスの姿が見える。
「テンペスト!」
光熱波の矢がウルフに襲い掛かる。
「ぐぅっ、く!」
ギリギリで水を出して多少なり攻撃を和らげる事は出来た。痛みを無視して戦いを続けるために腕を持ち上げる。
「まだ、まだ腕は動く!」
水の玉がいくつも現れて次々に弾け、クロイスに襲い掛かる。
「水を使う馬鹿がいるといったな!」
意識を保つためでもあるんだろう。ウルフが叫んだ。襲いかかる水をかわしながらクロイスが叫び返す。
「ああ!名をアリア・エスリア。元六星賢者にして二つ名は『水の神子ウォーターメイジ』。そして」
F2を取り出しながらクロイスはどこか自慢げに叫んだ。
「オレの母親だ!」
その言葉を呪文として魔法が発動する。近接距離まで詰めながらF2を剣にして横薙ぎに払い腕を振るタイミングを奪う。果たして魔法は発動し十の光弾が両腕に着弾した。
「づあっぁ」
焼ける様な痛みが脳を支配する。実際両腕は焼け焦げて元の形を留めてはいなかった。ウルフがその場に膝を着く。それにクロイスはウルフの首筋に剣を当てながら言った。
「腕が使えなかったら元素操術エレメントタクトも使えないだろう」
「はぁ、はぁ、……いつ気がついた」
「はん、攻撃のたびに馬鹿みたいにあれだけ腕を振るってれば猿でも気付くさ」
「…………っ。殺すのか、俺を」
「ああ、そのためのオレだ」
そう言ってクロイスは首筋に当てていた剣を払った。
血の付いたF2をしまってウルフの死体に目を向けると変化が起こっていた。
「なっ」
ミイラ。ウルフの体が一瞬に干上がり、崩れていった。
「なるほど、そういうことか。さってと、マリィはどうしってかな」
そう言ってクロイスはその部屋を後にした。



「「「「「「「「「「もっと、もっとお願いします!」」」」」」」」」」
「ほほほほほ。さあ受け取りなさい!」
ピシィイン!
パシィン!
パシィン!
ビシィイ!
「……………………………………まだ、かかりそうだな…………………はぁ」
それはその後三時間続いた。


Four hours ago


『諸君!!今こそ宣告の狼煙を!!』
男は力の限り叫んだ。
『喉が裂けるまで叫び続けろ!有らん限りの力を使え!世界はそれを望んでいる!』
言葉は止まる事はない。
『失敗を恐れるな!正しさに駆けろ!死に抗い!生を謳え!』
一言一言には力がこもっていた。
『決してたがえるな。死は美徳ではない。何かを伝えるならば生を持って相手に叩き込め!!』
声高々に。
『分かるな、諸君!ならば進め!今こそ我々の声を彼の者達に聞かせるときだ!!』
男はそう叫んだ。

パタン

本を閉じてマージは一息ついた。手にした本の表紙には『ツェーゲルゴップはかく語りき』と銘うってあった。クロイスに取り寄せてもらった本は全て読み終えたので今はこの部屋に置いてあるクロイスの蔵書を読んでいる。もちろんクロイスの許可を得てだ。
(大丈夫かな。クロイス)
思うのは今朝方出て行ったクロイスの事だった。どこかの組織を潰しにいくと言っていた、つまりそれは戦うということ。
(大丈夫、だよね)
そう言い聞かせる。
(だってクロイスは史上最年少の六星賢者で自分と同じ神性芸術品ラッシュアーツの持ち主なんだから)
『自分と同じ神性芸術品ラッシュアーツの持ち主』その事を思った瞬間、心が悲鳴を上げる。
(そう、殺したんだよね)
思い出したのはついこの間の事。
(お父さん、お母さん)
ツゥ、と頬に冷たいものが流れる。慌てて手で拭うが次から次にあふれ出してきた。
(だめ)
そう思っても頬を伝う涙を止まる事は出来なかった。
…………………。
…………。
…。
しばらくの間泣き続けてようやく涙が止まった。とは言っても気を抜いたらすぐにでも涙が出てきそうになる。目を閉じて深呼吸を何度か繰り返す。目が赤くなっていないかを鏡で確認するが大丈夫だった。ふと、クロイスの事を考えてみる。すると不思議な事に気分が落ち着いてきた。
(大丈夫かな。クロイス)
しばらくの間、幸せな思索を続けているとノックの音が響く。アリアは仕事で午前中は来られないと言っていた。時を見るとまだ十一時前。アリアが来るには早すぎる時間だ。
(だれ?)
そう思いながら扉を見ていると、扉が開きそこから………………。



キィイィィン!
金属同士のぶつかる音があたりにこだまする。その瞬間ぶつかり合った剣の片方が地面に落ちるその隙にサイルは相手をもう片方の剣で切りつけた。
斬!
『グラビディスライサー』六星賢者第三席聖騎士パラディンサイル・サイロの主要武器メインウエポン。その双剣は白い刃の右剣『グラビディブレイカー』と黒い刃の左剣『グラビディコア』からなっておりそれぞれが能力を持っていた。グラビディスライサーは斬る、または傷つけた物にかかる重力を無機物に限り一瞬でグラビディブレイカーは十分の一に、グラビディコアは十倍にする能力を持っていた。
周りを見回して自分のノルマが終了した事を知る。視線を向こうにやるとジンが敵と交戦中だった。
カァン!
剣を弾き返して手に持った武器を一閃する。それはそのまま三人をまとめて切り倒した。
一m半ほどの柄に直角につく一mほどの鏡のように磨き抜かれた刃。それは世間一般に鎌と呼ばれる代物だった。ただし規格外の大きさの。
『デスサイズ』六星賢者第二席悪魔喰らいデモンズイータージン・ガゼルの主要武器メインウエポンだ。
は敵を穿うがつ物なり!」
言葉と共に残っていた敵五人が鼻を陥没させて目、口、耳から血を吹き出して倒れる。
『空圧弾』約三百分の一にまで圧縮された直径三cmほどの空気の球は対象に衝突した瞬間、一瞬にして破裂する。この魔法は顔に当てる事を定石として、衝突した瞬間、一瞬で解放された空気が局地的に気圧を上げて眼球、鼓膜を圧迫、破裂させる。また開放された空気の生み出す衝撃波が全身にダメージを与える。
「まだ生きているな」
五人の内まだかろうじて生きている団員に歩み寄り髪を掴んで顔を上げさせる。そのまま頭を掴んで一つの構成を編み上げる。
「其は内をさらす物なり!」
「………があああああああああああ!!!!!」
魔法が発動した瞬間、団員が目を見開きもはや声ではなく音でしかない叫びを上げる。激痛というのも生易しいほどの痛みが脳をパンクさせる。全身を痙攣させながらいつ終わるとも分からない苦痛が全身を襲っていた。
「………む、……ふむ」
何度か頷いてから団員の頭を掴んでいた手を離す。サイルのほうを見て
「ここにいるのはラーシル・リスターのようだ」
「………そうか」
そういって二人は先に進んでいった。後には体を痙攣させて廃人然となった団員が残っていた。
これこそがジンを六星賢者たらしめ悪魔喰らいデモンズイーターという禍々しい二つ名を付けられる理由となった魔法であり、その効果は対象の記憶を直接探る事を可能にするというものだった。ただ発動には条件があり対象の頭部に手を当てている事と対象が生きている事が条件となる。また記憶を探られる側には過度の苦痛が掛かり多くの場合発狂し、死に至る事もあった。またこの魔法の最大の特徴はジン・ガゼルの『秘匿構成』であることだ。
『秘匿構成』とはその魔法師自身が生み出し、他のだれにも使えない魔法の事をいう。一般的に秘匿構成は他者への漏洩を防ぐためにわざと構成を複雑に多重化する事が多く一目見ただけでその魔法を使うことはたとえ神性芸術品ラッシュアーツでも不可能である。
ヒュン!ザシュン!
「ぐあ!」
フゥン!ガシュッ!
「ぎゃっ!」
ジンとサイル、二人の六星賢者は次々に現れる団員を蹴散らしながら拠点の最奥を目指した。
「………ここはどれくらいの広さがあるんだ」
襲い掛かってきた団員を切り倒してサイルがジンにたずねる。
「先程の団員の記憶だと地上四階建てのはずだが」
そう言いながらジンも二人まとめて切り捨てていた。累々と積み上げられていく人の山は、しかしクロイスのように全ての人間が死んでいるわけではなかった。
「………しかし多いな」
そう言いながらサイルは右剣のグラビディブレイカーをピストルをまわすように順手から逆手に持ち替えて鞘に収める。サイルだけは圧縮法を使わずに普段から腰に左右一刀ずつ剣をさげていた。剣を収めた手をそのまま胸の内ポケットに入れてタバコを取り出し口にくわえる。その間にも二人ほど倒していた。タバコを胸にしまいながら
とう
呪文と共にタバコの先に火が灯る。それをサイルは一息でフィルターギリギリまで吸いつくし、吸殻を吐き捨てると共に肺に溜め込んでいたタバコ一本分の紫煙を一気に吐き出した。
「サイル、その吸い方はあまりにも体に悪いと思うのだが」
三人まとめて相手をしながら堅苦しい口調でジンが言う。
「………この吸い方に慣れてしまっているからな」
団員の剣をかわしついでに切り倒しながら(ついでにさっき捨てた吸殻を踏んで火を消しておく)サイルが言った。
「ならば仕方が無いな。だが可能なら直す努力というものをしたほうがいい」
「………そうだな」
「いつからタバコを吸うようになったのだ?」
「……六年前、二十歳になってすぐのときだ」
「なるほど」
「………お前は吸わないのか?」
「今のところその様な予定は無いな」
「………そうか」
そういいながら二人は戦闘体勢を解く。いつの間にか二人を囲んでいた団員は全員地に伏せていた。



紅一つと黒三つ。視線の先にいる四人の男を見た第一印象だった。燃えるような紅いウェーブのかかった長髪に真紅のマントを羽織った男、それを取り囲むようにひざまずく黒のニット帽をかぶり黒いマントを羽織った男たちがいた。紅男が一歩前に出て
「はっはっは。お初にお目にかかろう。魔法庁の方よ。我こそが偉大なるテンプル騎士団遊撃部隊が一人。ラーシル・リスターである」
そう言った。次いで三人の黒男たちが立ち上がる。
「ラーシル様近衛が一人、長兄アール・マイシン」
「同じくラーシル様近衛が一人、次兄サール・マイシン」
「同じくラーシル様近衛が一人、末弟ナール・マイシン」
「「「我らマイシン兄弟、以後お見知りおきを!」」」
「はっはっは。早速で悪いのだが我ら正義の組織テンプル騎士団のために悪の組織である魔法庁の人間である貴殿方にはここで死んでもらおうか」
「命乞いなどしても無駄」
「なぜなら我らマイシン兄弟は」
「魔法庁を滅ぼすと」
「「「ラーシル様に誓ったのだから!」」」
「しかし名すら知らずにほふるのは我らの流儀に反するが故、今ひとたび名乗りの時間を与えよう」
「なんと優しきその言葉」
「ラーシル様の心遣い」
「これから死するその身にも」
「「「刻みあの世へ逝くがいい!」」」
「さあ、名乗っていただこう。不運にもこのラーシル・リスターが長を務めるこの拠点にたった二人で乗り込んできた者の名を」
「さあ」
「さあ」
「さあ」
「「「さあ」」」
どこか芝居がかった態度で紅一つと黒三つがまくし立てた。
「…………………………」
「…………………………」
「「「「はっはっはっは」」」」
ジンとサイルがどう対処して言いか分からずしばらく黙っているとラーシル(紅)とその他三名(黒)が笑い出した。
「なるほどなるほど。確かにこのラーシル・リスターがいるとは予想外だったのだろう。命が惜しくなるのも当然の事。だが君たちが名を教えてくれねば我々は君たちを仲間として迎え入れる事すらかなわない。さぁ、名乗ってはくれないだろうか。このラーシル・リスターに」
「ああ、なんという慈悲深さ」
「己の命を狙ってきたものに対してまで」
「仲間としてお誘いなさるとは」
「「「それでこそ我らが主、ラーシル・リスター様」」」
「………………ジン、名乗ったらどうだ。(ぼそっ)」
「小生がか!!(ぼそぼそ)」
「………………いいから早くしろ(ぼそっぼそぼそ)」
サイルに言われ嫌々といった感じでジンが名乗った。
「小生は六星賢者第二席ジン・ガゼルだが」
「……………私は六星賢者第三席サイル・サイロだ」
サイルもジンに続きあまり目立たないように、(と言ってもここにいるのは六人だけだから目立たないも何も無いのだが)名前を言った。
「ふむふむ、ジン君にサイル君か。…………待てよ。…君たち、名前の前になんといっていた?」
「六星賢者と付けたが」
「ああ!!」
突然ラーシル(紅)がよろめきながら苦悩のポーズをとる。
「なんということだ。それでは君たちはまさか私をスカウトしに来たのかい」
「「は?」」
ジンとサイルが同時に疑問符を発する。
「ああ、そうだ。確かに我には六星賢者に追いつき、凌駕する能力がある。そう我は強者だ。その我を欲しがるのは至極当然の事。だが、残念だ。我はすでに正義の組織テンプル騎士団に忠誠を誓っているのだよ。故にいまさら悪の組織である魔法庁の軍門に下るわけには行かないのだよ。残念だが諦めてもらおう。だが」
そこまで言ってからラーシル(紅)が腕を広げる。
「我が君たちを受け入れよう。さあ。なに、心配はいらない。一目見れば分かる。君たちが我には及ばないにしろなかなかの実力者である事を」
そこまで。そこまでが二人の臨界点だった。強く握った拳はプルプルと震えていた。
「サイル、小生はもう我慢できないのだが………」
「……奇遇だな、ジン。私もだ」
二人がかなりドギツイ視線を送る中ラーシルの演説(?)は続いていた。
「さあ、我と共にテンプル騎士団による最高の世界に行こうじゃないか」
無視!!
ジンとサイル、二人が同時に別々の構成を編み上げる。
編み上げた構成を展開。
そして魔法力を込めた呪文を吐く。
「其はたけき波紋なり!」
「貫け、!」
喪失
発動するはずの魔法が発動しなかった。変わりに起こったのは喪失。呪文と共に放出された魔法力が一瞬で掻き消えた。
「あっはっはっ」
堪え切れないという感じでラーシル(紅)が哄笑を上げる。
「ムダ、ムダムダ、ムダムダムダー!!知らなかったのかい?この我の能力チカラを。この『対魔抗体・霧散型』ラーシル・リスターを」
自慢げに言うラーシルが言う。それに向かってジンが
「知ってはいたが、あまりにもムカついたからつい」
しかし聞こえてなかったのか聞いてなかったのか、それともあえて無視したのか。何のリアクションも無いままマイシン三兄弟(黒)が言い放った。
「このすばらしき御能力は」
「選ばれし御方ラーシル・リスター様が授かった」
「魔法師にとって」
「「「忌避すべき能力」」」
「その能力対魔抗体霧散型とは」
「空間に放出された魔法力を」
「刹那の元に」
「「「消滅させる能力チカラなり」」」
「我らが主」
「ラーシル・リスター様に」
「牙を剥いたのならば」
「「「すでに覚悟は出来ているのだな」」」
そうハモッて三人(黒)が襲い掛かってくる。その手にはそれぞれ剣、二刀のナイフ、自動小銃サブマシンガンが握られていた。
「サイル、三人は任せたぞ」
「………分かった」
サイルが頷くのを確認してからジンは構成を展開する。
「其は風を…チッ」
対魔抗体のせいで魔法が使えないことを思い出して途中で中断してラーシル(紅)に向かって駆け出す。と同時に圧縮法で格納しておいたデスサイズを取り出す。
「君が相手か。ジン・ガゼル君」
そう言ってラーシル(紅)もマント(紅)の中に右手を入れてリボルバー式の拳銃を取り出した。
「魔法が無ければ対人においてこれが最高の武器となる」
銃を構え引き金トリガーを引く
パン!パン!パン!パン!パン!パン!
火薬の爆ぜる音と共に六つの鉛の玉が襲い掛かった。それをジンは横に跳んで銃弾をかわす。ギリギリのところで銃弾が横をすり抜けていくそれでも二発ほどは服を掠めていった。
「なかなかやるなぁ」
そう言いながら手にしていた銃を投げ捨ててマントに右手をつっこんだ。
「武器を、捨てる?」
「いや」
ラーシル(紅)が笑みを浮かべながらマントから右手を出すと同じ型の銃が握られていた。
「入れ替えただけだよ」
パン!パン!パン!パン!パン!パン!
「くぅっ」
五発まではかわすも六発目が脇腹に着弾する。
「おやおや、痛そうだねぇ」
嫌味ったらしい笑みを浮かべながらラーシル(紅)が言う。ジンは無言で脇腹を押さえていた。
(弾は…貫通しているな)
そのまま出血を気にせずにラーシルに向かっていく。
(出血が思いのほかひどい。早めに終わらせないと危険だな)
「まだ向かってくるのかい」
パン!パン!パン!パン!パン!パン!パン!パン!パン!パン!パン!パン!
銃を入れ替えて再び銃弾が放たれる。今度は両手それぞれに銃を持っていた。
「二度目はくらわない」
迫り来る銃弾を全て紙一重でかわしていく。
ヒュゥン
風切り音と共にデスサイズが斜め下から切り上げてくる。
「むぅっ」
ラーシル(紅)はバックステップで距離をとるがそれでも間に合わずに右腕から血が噴出す。そのまま鏡のような刃が自分の顔を映して通り過ぎていきた。
「こうなったら」
左腕をマントに入れ目の前にいるジンに狙いを定め
「え?」
目の前にいたはずのジンの姿がどこにもいなくなっていた。慌てて視線をめぐらせるが、その姿がどこにも無い。代わりにジンの声が響く。ただその声は四方から反響したかのように聞こえたためどこにいるかは判断できなかった。
「死ぬ前にいい体験が出来ただろう」
「どうして……魔法は使えないのに」
「空間展開型魔法は確かに対魔抗体の力で発動はしない。だが武器の持つ固有構成になら魔法力を空間に放出する事無く直接武器に注ぎ込む事が出来る。お前は何か自分の能力を勘違いしていないか。お前の能力は魔法無効化キャンセルじゃない。空間にある魔法力を掻き消すだけだ。故に魔法文字ルーングラフによって刻み込まれた構成には対処できない」
「ならばこれは」
「そう、小生の武器であるデスサイズの能力だ。この刃に映った自身と目を合わせるとこれを持っている人間の存在が認識できなくなる。視覚、嗅覚からはその存在が消え聴覚による位置特定能力が消えうせる。唯一触覚のみが残るが、だがお前はもう小生に触れる事は出来ない」
「くっ、うあああああああ」
パン!パン!パン!パン!パン!パン!パン!パン!パン!パン!パン!パン!パン!パン!パン!パン!パン!パン!パン!
恐慌を起こしたようにラーシル(紅)が銃を連射する。
「無駄だ」
ジンの言葉を無視しながら新しい銃を出すためにマントの中に手を入れた瞬間風切り音と共に、視界が暗転ブラックアウトした。
ゴトッ、ゴロゴロ
ジンの目の前で鈍い音をたてながらラーシルの首が転がる。その時になってようやく忘れていた痛みが広がってきた。
「其は過去を悼むものなり」
ラーシルが死んだ事により魔法の使用が可能になった。その事を確認しながら治癒魔法を発動させる。脇腹に開いた穴は埋まったが血の量が足りなかった。ふらつく頭を押さえながらそれでも痩せ我慢をしてラーシルを見ると急速にミイラ化して風化していった。
「なっ。これは……?」
何が起こったのか全く理解できなかった。
「………師匠ダミアンなら何か知っているか?」
ひとまず疑問を頭の隅に押し込めてサイルのほうを見ると黒三人の内二人は血だらけで倒れ伏せ残り一人と交戦中だった。



「………どうやらお前らの主は死んだらしいぞ」
剣の背で銃身を弾いて狙いをそらせながら言う。
「だったらその弔いに貴様らの首をいただく!」
弾倉を入れ替えた自動小銃サブマシンガンが再び弾丸を排出する。しかし
キィィン!
サイルの持つ黒い刃グラビディコア自動小銃サブマシンガンを弾く。一瞬にして自動小銃サブマシンガンの重さが十倍になり狙いが地面にずれる。
「くぅっ」
一キロちょっとだった銃が一瞬で十キロを越す鉄の塊に姿を変える。それでも男(黒・次兄サール・マイシン)は両腕で銃を構えなおしてサイルに狙いをつける。
(わが主はもう死んだ。だがまだ主の目指した世界創世は途中だ。ならばその意思を継いでみせる)
引き金トリガーを引き絞る。
キィィン!
カァン!
今度は白い刃が銃身を二度傷つける。重さが一気に百グラム程度にまで減り銃身が跳ね上がり、今度は銃弾が天井に着弾した。
「貫け、!」
大きく体勢を崩したところに牽制用の魔法を放つ。この魔法で相手の意識を一瞬そらし剣で止めをさすつもりだった。だが
「ぐぁああ!」
ザン!ザン!ザン!ザン!ザン!ザン!ザン!ザン!ザン!ザン!
魔法によって生み出された十の光の剣が黒・次兄サール・マイシンに突き刺さった。
「なっ!」
光の剣が消えていくと同時に黒男(めんどくさくなりました)が倒れる。それにサイルが歩み寄っていった。
「………どうして魔法で防御しなかった?」
「……使えもしないものを……どうやって…使えばいい」
「……なに?」
「………我ら三兄弟の魔法力は…………一般人とほぼ同じ千程度。…故に魔法を使うという考えなど持っ…た事が無かった。…………そもそも我らにはラーシル…様がいた。…魔法など必要……なかったさ」
「…どうして魔法庁に逆らった?」
「今この世は…一見平等といわれている…だが実際はどうだ?」
「……どういう意味だ?」
「…はっ。少しは…自分で考えるんだな」
そういって黒は事切れた。その表情はどこか満足げだった。



コッ、コッ、コッ、コッ
眉間にしわを寄せながら歩く。
『ねぇ、クロイス・カートゥス。君はこの運命に何を望む?』
魔法庁本部の廊下を歩きながらクロイスは今朝見た夢の事を思い出していた。
紅い両眼。どこか懐かしい声。あの時見せた微笑の意味。そして告げられた言葉。
「何を望む……か」
ふと立ち止まり両眼を閉じる。しばらくしてから目を開けて乾いた笑みを浮かべながらそっと呟いた。
「望みなんか今も昔も一つだけさ」
そう言って顔を上げてまた歩き出した。



「いまかえっ………」
自室の扉をくぐりながら言った言葉はしかし途中で途切れてしまった。本来ならこの部屋にいるのはマージとアリアの二人だけのはずだった。だがそこにアリアの姿は無く変わりに予想外の四人の姿があった。
「あっクロイス、おかえりー」
「よう、遅かったな」
「お帰りなさいクロイス」
「ご苦労様クロイス」
「…………(にこ)」
そこにいたのは当然マージがいるとしてなぜかシルビア、ユーキ、リータ、ジーニがいた。
クロイスは諦めたかのように(何を諦めたのかはわからないが)長い溜息を吐いた。