第八章『それぞれの思いと戦い〜業深き者達〜』




どこにでもありそうな少し大きめの公園の一角にあるベンチ。そこに八種の火薬ブラックパウダーエイツの三人が集まっていた。三人の手にはベンチのすぐ隣においてある自動販売機で買ったのだろう。コーヒーやジュースが握られていた。
「ほんならまあ報告してくれや。『伝達者ユーリィ・セインス』」
怪しい訛りつきで言葉を発したのはベンチに腰かけていた飄々とした感じの三十歳ほどの男。長身の引き締まった体、無精ひげを生やし細い目を弓にしてヘラヘラ笑っているその顔はしかしよく見ると男前の部類に入りそうだった。
「はーい。リョーカイでーっす。『教師ユイス・レイロン』様ぁ。えーっとまずぅ『観察者フリー・ケネシム』さんの話だとぉ、テンプル騎士団の団長さんはぁ死法師のぉ『宵闇の知者ディーパーリン・アネミス』さんとぉ『暗殺者アサシンレオ・アレクサンドロス』さんにぃ『魔神メフィストリニアス・カイサム』さん、それにぃ『鋼の刃レザーエッジジャック・フィンランディ』君の蘇生にぃ、成功してるみたいですよぉ。それからぁ魔法庁の『第五席鋼鉄の猫メタルキャットマリィ・ハントノート』さんとぉ『第七席殺戮人形キリングドールクロイス・カートゥス』君がぁ、『元素操術師エレメントタクトウルフ・ヤギナ』さんをぉ、『第二席悪魔喰らいデモンズイータージン・ガゼル』さんとぉ『第三席聖騎士パラディンサイル・サイロ』さんがぁ『対魔抗体霧散型ラーシル・リスター』さんをぉそれぞれぇ、やっつけちゃったみたいですぅ」
こちらも独特の口調で答えたのは自販機に寄り掛かってオレンジジュースをちびちび飲んでいた、赤みがかった髪を二つに束ねたなおっとりした感じの十二、三歳程度の少女だった。
「そーか、他に観察者からの伝言はあっかな?」
「はぁい、ありますよぉ。『暗殺者ティム・エレイア』さんがぁなんだか騒いでるみたいですよぉ」
「へぇ、なんでや?」
「『暗殺者アサシンレオ・アレクサンドロス』さんとぉ戦わせろって言ってるみたいですよぉ。なんだかぁ、プライドがどうとか言ってましたよぉ?」
「プライドねぇ」
「はいぃ、なんだかぁ暗殺者は一人でもいいとかどうとかぁ」
「なるほどなあ、ほなどないしょうか。どない思う?『守護者ポーラ・ビアンカ』ちゃん」
ユイスが自分の隣に立つ女性に顔を向ける。そこにいたのはどちらかというと怠惰な空気を漂わせ、そこそこに整った顔立ちにタバコを加えた(火はつけていない)二十歳くらいのグレーの女物のスーツを着た背の低い女性だった。
「さあ、べつに戦わせてもいいんじゃないですか、ティムくらい」
「ふぅん、どないして?」
「もともと『闘士タイネム・コロミオ』と『暗殺者ティム・エレイア』は計画には必要ない存在じゃないですか。だったら別に捨て駒に使えばいいじゃないですか」
「捨て駒ねぇ、死法師の実力を図ろうってか?」
「さあ?それを決めるのは私じゃありませんから」
「ふーん、そならユーリィ、『暗殺者ティム・エレイア』と『観察者フリー・ケネシム』に伝えてくれや。ティムには『暗殺者アサシンレオ・アレクサンドロス』との戦闘を許可するって。そんでもってフリーにはその戦闘を観察しとけって。うわさじゃぁレオ・アレクサンドロスってのは『イクスティンクト』らしいかんなぁ」
「はぁーい、わっかりましたぁー」
そう答えてからユーリィは空き缶をゴミ箱に向かって投げる。それはきれいな放物線を描いてゴミ箱に入った。
「やったぁ。みてましたぁ?ポーラさん、すごいでしょう?」
「さあ、別に普通なんじゃない?」
「ええー、そんなことないですよぉ。ねぇ、ユイス様ぁ?」
「ああ、ホンマすごいやっちゃで、ユーリィは」
「えへへー、ほめられちゃいましたよぅ。それじゃあ行ってきますねぇ」
「ほな、おつかれさん。ポーラちゃんもなんか言ったりぃな」
「別にいう事なんてありませんよ」
「そないに冷たい事言わんと」
「べつに、…気をつけてきなさい」
「はぁーい」
そう言ってユーリィは歩いて公園を出ていった。
「いやなに、どうにも嫌な指示を出してしもうたな。わざわざ殺されに行けやなんて」
そういってユイスは手に持っていたコーヒーの缶を一気に煽る。半分ほど残っていたブラックのコーヒーはハンパに冷めていてあまりおいしくは無かった。
「まっずぅ。……ほいっと」
渋面を作りながら空き缶をゴミ箱に投げるとそれは狙いをそれて地面に落ちる。
「あっちゃー、めんどくさいなぁ」
そう言いながら缶を拾いゴミ箱に捨てる。
「なあなあ、わいごっつええ人やん。そない思わへんポーラちゃん」
「いえ、べつに」
「えー、なしてぇなぁ。ほめたってえなぁ」
「はいはい、いい人ですよ、あなたは」
「うっわー、やる気なぁ。でもありがとさん。ほな行くとしますか」
「ええ」
「とっておきのホテル用意しといたんやでぇ。夜景のきれいななぁ。そこでおしゃれなディナーといこうやないか。うれしいやろ」
「べつに」
「えー、そない言われたらごっつテンション下がるわー」
「……わかりました。嬉しいですよ、とっても」
「ホンマに。そーか、よかったよかった。今夜はねかさへんよ」
「───っ!!。そういう事を大声で言わないでください」
「ええやん、誰もいてへんねんやから」
「それでもだめです!」
「いけずやなー。ポーラちゃんは。まあそこがかわいいとこでもあるんやけど。よっと」
そういって立ち上がりサイルはポーラの肩に手を回して歩き出した。



「どういうことか説明してもらおうか」
険のある表情でクロイスが言う。時刻はPM17:00。ウルフ・ヤギナとの戦闘を終え、戻ってきてからも帰りの車中で作成しておいた報告書を提出して、その後でようやく左腕の怪我を支援部隊の人間に治療してもらい、疲れきった体をようやく休める事が出来ると思ったら、自室にはなぜかババァとシルビア、ユーキ、リータのクラスメイト三人がマージと話していた(もっともマージはメモ帳を使っての筆談だが)。
仕事用デスクの椅子に腰かけてその正面にあるソファに五人が座る。ジーニは余裕有りげな笑みを浮かべ三人は罰の悪そうな表情を浮かべマージは何が起こっているのか分からずオロオロしていた。
「どうして関係者じゃないこいつらが未だに魔法庁にいてあまつさえオレの部屋で遊んでいるんだ」
「ああ、それなら単純よ。彼女たちも今日から魔法庁で暮らすことになったの」
「へぇ、理由は?」
「昨日あなたが言ったようにリータちゃんがテンプル騎士団に再び狙われる確率はかなり低いわ。それでもゼロになった訳じゃないわ。だったらいっそのこと警備が厳重なここで暮らしてもらおうって」
「なるほど、リータがここにいる理由は理解できたとしてシルビアとユーキはどう説明付ける」
「だってリータちゃん一人じゃ寂しいじゃない。それで二人に聞いたら大丈夫だって言うから」
ピク!
「ほう、まあいい。こいつらがどこでどうしていようがそれは勝手だ、好きにすればいい。だがどうしてよりにもよって俺の部屋にいるんだ?オレは許可を出した憶えは無いぞ」
頬を引きつらせながらそれでも軽い笑みを浮かべてクロイスが言う。
「あら、私が許可を出したのよ」
ピクピクッ!
「へぇ、いつの間に『魔法庁賢人会代表議会六星賢者第一席死の絶叫デットハウリングジーニ・ホルン』様は他人のプライバシーを侵害する権利までお持ちになられたんだ?」
あくまで笑みを保ったままクロイスが言う。ただ額には青筋が浮かび上がっていた。
「あら、そんな権利持った覚えなんてこっちも無いわよ。ただ弟が留守のときにお友達が遊びにいらしたから部屋で待たせておいたのよ。それにあなたの部屋にはもうマージちゃんがいるじゃない。それに、マージちゃんにとっても、いい状況だと思うけど。一人で本を読んで、周りは大人ばかりで唯一の同世代のあなただってほとんど部屋にはいないじゃない。大丈夫、一人が四人に増えるくらいどうって事無いわよ」
イラッ!
「ああ、分かった。ただし研究室への入室は一切禁じる。もしこれすら守れないようなら本気で俺は六星賢者の力を使うぞ。いいな、ジーニ!オレにもお前に決定に逆らうくらいの権利は持ってんだぞ!?それから!」
怒鳴るようだったクロイスの声音がここでがらりと変わった。ひどく冷たいものへと。
「少しでも余計な事を話してみろ。その時は………」
そういってクロイスは研究室へと姿を消した。
「すこーしやりすぎちゃったかしら?」
笑いながらジーニが言うが四人は答えようも無くただ同じ感想を抱いていた。
((((少し?))))



「あの……ひとつ聞いてもいいですか?」
クロイスが研究室に閉じこもってからも五人は談笑を続けていた。そんな時ふと思いついたのだろう。リータがいった。
「あら、何かしら?」
「どうしてクロイスは六星賢者になったんですか?スクールにいたときのクロイスのイメージとは全然違って…」
「それじゃあ私からも一つ聞いてもいいかしら」
「あ、はい」
「私は魔法庁でのあの子しか知らないのよ。だから教えてほしいのよ、スクールでのあの子がどんな生活をしていたのか。殺さない生活であの子がどう過ごしていたのか」
言ってからジーニの表情が曇る。何も知らない自分への憤りと、殺しが生活の一部になることを選んだ弟への哀れみで。
「スクールでのクロイスは…………いつも寝ていました」
「へ?」
ジーニがあっけに取られる。それに気付かずシルビアが言った。
「授業もよくサボってましたよ」
「とにかくめんどくさがりだったすよ」
続けて言ったユーキの言葉にもジーには特に反応を示さなかった。
「いつも眠そうで」
「私たちが誘わなきゃ遊ぶ事も無かったわね」
「ほとんどの人間の事は気にも留めてなかったっすね」
「そう、ありがとう、もういいわ」
片手を上げジーニが三人の言葉をさえぎる。
「つまり今の生活から仕事をごっそりと抜き取って変わりに睡眠を入れただけって事ね」
「え、ええ。そうなると思います」
「まったく、あの子は………」
ジーニはしばらく頭を抱えていたがリータたちの視線に気付いてあわてて顔を起こした。
「ああ、ごめんなさいね。それでクロイスが六星賢者になったわけだったわね」
「はい」
「あーっと、………ごめんなさいね。実を言うと私にも分からないのよ」
「え?」
その言葉にリータたちが心底驚いた顔をする。
「五年前、あの子が十二の時。あの子が自分から言い出したのよ、六星賢者に入れろって」
「どうしてクロイスはそんな事…………」
「さっきも言った通りよ、私には分からないわ。あの子がどういう思いだったのかなんて。……ほんと、だめな姉ね。弟の事なのに何も分からないなんて。…罪滅ぼしのつもりか、自棄になったのか、あるいは何も考えていなかったのか」
「えっと、それじゃあクロイスは何歳のときにここに来たんですか?」
シルビアの問いにジーニはどこか懐かしそうな表情を見せた。
「あの子がここに来たのは七年前、あの子が十歳の時よ。あなたたちも知っているでしょう、あの子が神性芸術品ラッシュアーツ保持者だって。あなたたちは知っているかしら、なぜ『神性芸術品ラッシュアーツ保持者』が災厄の象徴とされ『異端法師』として忌み嫌われてきたのか」
ジーニの問いにユーキたちはそろって首を振る。ただ一人マージは表情を曇らせていた。いろいろな事を思い出させてしまったのだろう。悪いなと思いながらもジーニは話を続けた。
「ラッシュアーツ保持者はこれまでの歴史の中でただ一人の例外もなく、発現時に必ず人を殺してしまうの。それも自分に近しい人を、魔法力の暴走という形を持って」
「それじゃあ………」
「ええ、クロイスも殺しているわ、両親を。………ここにいるマージも」
一瞬視線をマージに向けてから、ジーニは話を続けた。
「魔法庁の職員が現場に着いたときには半径三メートルほどのクレーターのなかでピクリとも動かないあの子がいたそうよ。それから魔法庁に保護されて、三ヶ月の間はひどいもんだったわ。言葉をなくして、口にするものは全部吐き出して、一日中真っ暗な部屋でずっとうずくまってたわ。それでもアリアが根気強く話し続けて三ヶ月たってようやくアリアにだけ話すようになって、一年かかってようやく普通の生活に戻れるようになったの。そのとき普通なら神性芸術品ラッシュアーツを隠して生きる事を選ぶの、当たり前よ、持っているだけで忌み嫌われる神性芸術品ラッシュアーツを隠すのは当たり前なの。でもあの子はそれを選ばなかった。あの子は自分に現れた神性芸術品ラッシュアーツと共に生きていく事を選んだ。普通の生活が出来るようになってから一年間であの子は神性芸術品ラッシュアーツの圧倒的学習能力を使って様々な事を吸収していったわ。そして一致年後、あの子は急に私に言ったの。自分を六星賢者にしろって。もちろん最初は相手にしなかった。そうしたらあの子、枢機院に直接話を持ちかけたの。あ、枢機院って分かるかしら?」
四人がそろって首を横に振った。その様子に苦笑しながらジーニが話を続ける。
「六星賢者が世界の武力を統治する最高権力だとするなら枢機院は政治、司法の最高権力といったところかしら。そして六星賢者第一席の任命権を持っているのも枢機院なの。つまり私は枢機院のメンバーに任命されてこの地位に着いたの。そして公には双方は対等の位置にいる事になっているけど、実質は向こうの方が立場が上なの。そして枢機院はあの子の力を有効だと判断して私にあの子を第七席という地位を与えるようにいってきた。そこから三年半あの子は六星賢者を務めた後、私があの子を六星賢者から除名してスクールに入れたの。後はあなたたちが知っての通りよ。まったく、それにしてもあの頭の固い年寄り連中が第七席だなんて……、よくあんな暴挙を犯したもんだわ」
「それをいうなら、お前の任命だってあの年寄り連中にしちゃかなりの英断だっただろうな」
呆れるように呟かれたジーニの声に答えるようにクロイスの声が入りこんだ。
「昔語りは終わったのか?ジーニ」
落ち着いた声でクロイスが言う。だがその声はなぜかその場にいる五人の不安を一気に増長させた。
「自分の昔語りは嫌いなんだがな。自分で言うのも、もちろん勝手に語られるのもな」
ゆっくりとした足取りでジーニたちに近づきながらクロイスが言う。
「よくもまあ、ついさっき言った忠告を無視して好き放題言ってくれたもんだ。逆に感心するよ、プライバシーも何もあったもんじゃないとな!」
ヒュンッ!!
一瞬で現れたF2-Face Bladeがジーニの首に押し付けられる。
「馬鹿は死ななきゃ直らんというし、一度死んでみるか?」
冷笑を浮かべながらクロイスが言う。それにジーニも余裕そうな笑みを浮かべて答える。
「あなた、今、自分が何をしてるのか分かってるの?これは立派な反逆よ」
「あん?ただの姉弟げんかだろう?」
「あら、姉弟だと思ってくれるの?」
「今この瞬間だけはそう思ってやってもいいぞ?」
「…………少しは落ち着きなさいよ」
「落ち着いてるぞ。今この場でお前の首を飛ばしてやろうかと思うくらいにはな」
「まともな行動とは思えないわよ」
「はっ、いまさら六星賢者にまともを求める方がどうかしている。それともまさか気が付いていないとでも言うつもりか?」
「なにがいいたいの?」
鼻で笑いながら言われた言葉にジーニは剣呑な視線を返す。
「なるほど、本当に気が付いてないのか、それともただ目を逸らしているだけか。………答えてやるよ。そうだな、今現在オレを含め七人いる六星賢者で人として本当にまともな人間なんてのはジン・ガゼルただ一人だろうよ」
「どういうこと?」
「六星賢者の中であれだけが人としての欠落を持っていない。そうだな、例を出そうか。たとえばお前の同期で親友のフィアだが、あれは過去の一部を欠落している」
「どういう、こと?」
「前にあれが処女だって話をしたな」
「え、ええ」
「確かに、フィア自身の記憶ではいまだに処女なんだろうけどな」
「────っ」
「実際は違う。お前も知っているだろう。確かスクール卒業間近のときか。帰りの路地で三人の暴漢に襲われている」
「っ、あなた……どこでそれを」
「さあな、ともかくあれはそれ以来無意識の内に男とのかかわりを避けている。もちろん仕事上では何の問題もないレベルだがプライベートに入ればその傾向は極端に高くなる」
首にあてられた剣はそのままに、淡々と告げられるクロイスの言葉にジーニはただ悔しそうに強くこぶしを握っていた。
「まだあるぞ、ジジィの場合、あれは二つ名に重圧に今はかろうじて耐えている状態だが、おそらくはそう長くは持たないだろうな、ヘタすりゃそのうち人格の崩壊が起こる。サイルの場合は過度な修行による喜怒哀楽の欠如。マリィは戦闘時のプレッシャーに耐えるために形成された二つの人格。そしてジーニ、お前はその地位のせいだろう。他人の命を駒のように扱うことに全く関心を示さなくなった。そしてオレの場合は極端に薄い生への執着心だ。原因はまあ言うまでもなくラッシュアーツだろうな。ただし、勘違いはするな。生への執着は薄いがべつに死にたがりって訳でもないんだ。生にも死にも執着がない。ただそれだけだ。七人の中でただ唯一まともな、人としての欠落がないジン・ガゼルですらいつまでもつかどうか。どうだジーニ。人としてまともじゃないお前が相手にまともかどうかたずねられる立場だと思うのか?」
「…………………」
ジーには答える事が出来ずただ悔しそうにクロイスを睨みつけていた。
「はっ、こたえる気は無し、か。まあいい、べつにお前の考えを聞いても何の得にもならないしな。だが分かっただろう、お前の矛盾が。お前は魔法庁の汚い部分からは必至で目を逸らし、きれいな部分から理想論だけを持ってきて並べているだけだ。なるほど、確かに見てくれはきれいだが中身は空っぽだ。いいか、勘違いしているようだから教えてやる。オレ達の仕事は建前上では反乱分子を取り除き平和を保つ仕事だが実際は世界なんて関係ない、ただ魔法庁にとって邪魔なやつらを潰しているだけだ」
「そんなはずないでしょ!!」
クロイスの言葉に耐え切れなくなりジーニが叫ぶがクロイスはそれすらも一蹴した。
「そんなはずあるんだよ。オレ達のやっている事はそこいらのテロ組織と、それこそテンプル騎士団と変わらないんだよ。じゃあなぜオレ達だけが罰せられないのか。簡単だ。世界で一番武力を持っているから、ただそれだけだ。だからこそ世界の統率者たりえて、自分たちの行動を正義だと言い張る事が出来る。現実を見ろ、この世界は歪だ」
「じゃあ」
喉の奥から何とか搾り出すようにジーニが言う。
「じゃあどうしてあなたは、……歪に気付いているあなたはそれでもここにいて何もしようとしないの?」
「不満がないからさ」
「え?」
「確かにこの世界は歪だし魔法庁は汚れきってる。それでもオレはここにいるからこそ糧を得て生きている。だったらそれでいい。他に何も望むべきものはないだろう。俺はただの人殺しの人形だ。一人では組織には絶対に勝てない。世界も、魔法庁ですら相手にするには大きすぎるんだよ」
「それで……」
「あん?」
「それを私に言ってどうしろって言うの?」
「へぇ、これはまた底抜けにおめでたいやつだな」
「なっ、どういう意味よ!?」
「俺は別に何かして欲しくてこんな話をしたわけじゃないそもそもお前にもどうする事も出来はしない」
「じゃあどうしてこんな話をしたのよ?」
「ただ単純にお前の態度にむかついていたからだ」
「な!」
「強いて言うなら気分、だよ。興が乗った。ただそれだけの事だ」
そういってクロイスはF2-Face Bladeを少し押す。それだけでジーニの首をかすかに血が滴った。
「一つ言っておいてやる」
「これ以上何を言うの」
そこで初めてクロイスは話の成り行きについていけずおろおろしっぱなしだったユーキたちに視線を向けた。
「こいつらは『鎖』にはならない」
「っ………何の事かしら?」
ジーニの表情が一瞬で二度切り替わる。一度目は驚愕へ、二度目はそれを隠そうとする笑みへ。
「とぼけるならそれでもいい。それでもこいつらは鎖にはならないし、ジーニ、お前だって同じ事だ。お前が何をしようがこれ以上『鎖』を作るなんて事は出来ない」
ジーニは何かに耐えるようにクロイスを見つめていた。クロイスは皮肉げシニカルな笑みを浮かべてジーニを睨みつけていた。
「…………………」
「…………………」
しばらく無言のままにらみ合っていた二人だが、不意にクロイスが視線を外すとF2-Face Bladeを消して何も言わずに部屋を出て行った。後には首筋からかすかに血をにじませて唇を噛み締めているジーニ、何が起こっているか分からずにおろおろしているユーキたちが残されていた。



静かな、すでに持ち主がいなくなってから何年もたったような僻地の酒場。埃が溜まり生臭い空気の、荒れ果てた薄暗い店内にはしかし手酌をしている共に三十歳くらいになるだろう二人の男がいた。
片方の男、素肌に古い薄手の赤いジャケット、擦り切れた赤い革のパンツと赤い革のグローブ、筋肉隆々のいかつい体。スキンヘッドの頭には赤い刺青で『Fuck You!』。全身から漂う雰囲気は巨大なハンマーを連想させた。どう見ても趣味がいいとは思えない風貌のその男がもう一人に向かって声を荒げた。
「納得いかねえなぁ。どうして暗殺者のティムだけが戦闘許可をもらって闘士の俺には許可が出てねぇ!」
答えたのは正面に座っていたもう一人の男。悪趣味男とは違い新品のように濡れた光沢を放つ黒い革製のパンツに、白いシャツ、ブラウンのアウトブレーカー。長髪は邪魔にならないように後ろで結わえられ、切れ長の瞳、引き締まった体躯、全身から漂う雰囲気はどこか鋭利なナイフを連想させた。
「貴殿には関係なき事。故に我は知らぬ」
返答が気に食わなかったのだろう。悪趣味男は手近にあった酒瓶を壁に向かって投げつける。ビンが割れ、酒の臭いがあたりに充満するがそんな事はお構い無しに言い放った。
「けーーーっ!!けっ!けっ!けーー!!命令なんか知った事か!俺も行くぞティム。でないと不公平だよなぁ」
「貴殿の好きにすればよい。我には関係なき事」
そう言いながらティムはグラスを煽る。生臭い臭いがしかし心地よかった。
「おう!好きにするさ。腹ごしらえもすんだ事だしなあ!」
そういって悪趣味男は床に転がる何かを足で軽く蹴る。よくみるとそこには体のところどころ何かに引き千切られたかのような傷を負った血だらけで裸の、十歳ほどの少女の死体があった。
「ひゃはは!久々に具合のいい女だったぜぇ。食事の前にいい運動になった。なにせこの俺が三発もやるなんて久々だからなぁ。嫌がるのを無理矢理だ。あの泣き叫ぶ声を思い出しただけでまたイッちまいそうだよ。ひゃははは!」
悪趣味男はそういってビンから直接酒を飲んだ。
「我も久々に極上の晩餐にありつけた」
ティムはそう言って傍らに倒れている女性に目を向ける。そこに倒れている二十歳くらいの女性は顔を蒼白にしてピクリとも動かなかった。首筋には深い、刃物で切られたような傷があったがなぜか床に出血はほとんどなかった。視線を外してティムがグラスを煽る。そこには赤い液体がなみなみと注がれていた。口に含むと生臭い臭いと鉄の味が口内を満たしていった。
「処女の生き血。甘露のように甘く絹のごとき舌触り。まだ暖かく鼻に抜ける芳しい香り。まさしく至高の味わいだ」
そう言って全てを飲み干してティムは立ち上がる。
「そろそろ行くぞ。タイネム、貴殿も来るのであろう」
「ひゃはははぁ!久々にでかい戦いだ!暴れまくるぞ」
「我は静寂を好む。故に貴殿の心根は我には関係なき事」
そういって八種の火薬ブラックパウダーエイツの二人、『暗殺者ティム・エレイヤ』『闘士タイネム・コロミオ』は酒場を出て行った。後には無残にも食い散らかされた少女の死体、血を抜かれ干からびかけている女性の死体がいくつも転がっていた。
カリバニズム、人肉喰らい。いつの頃からだろう。タイネムは人肉しか食べないようになった。それもメニューは決まって自分が直前に犯した十歳前後の少女。しかし彼はそれを少しも異常だとは思わない。
本能のままの喰らい、犯す。
生物としての欲求に従う事がなぜ異常でなければならない。彼は普段からそう考えていた。
ティムも同じだった。人血愛飲家。ティムは肉ではなく血を飲む事を至上の喜びとした。対象は二十歳前後の女性だけ。特に処女の血はティムにとって時価数百万のワインにも勝る一品だった。



「やれやれ、相変わらずあの二人の食事風景は見るに耐えないな」
酒場の出入り口のすぐ脇で二人の背を見つめながらフリーがぼやいた。堂々と隠れるわけでもなく立っているフリーにしかし二人は気付く様子はなかった。
フリーの秘匿構成。それは他人の五感から完璧に自分の存在を感知できなくさせるものだった。ただしこの魔法は常時魔法力を消費し構成を欠片でも間違えれば一瞬で膨大な量の魔法力を消費してしまうためかなり難易度の高い魔法といえた。
「それにしても、タイネムめ。また自己判断で動きやがって」
そういって顔をしかめる。
「チッ。あの二人に一度身の程を教えた方がいいんじゃないのか。所詮は数合わせの分際で」
壁から背を離し二人の後をついて歩いていく。
「今回あの二人は捨て駒になるだろうな、となると空きが二つ出来る訳だが………さて本当に教師様は彼を誘うつもりなのかな。となるとおそらく彼が『執行者』になるだろう。しかしもう一つの空きは…………。まあその時を楽しみにしておこうか」



それは少し過去の話

乳白色の壁、床、天井。閉鎖空間に今五つの人影があった。床に転がったまま動かない二つの人影。まだ十歳くらいの少年と三十歳くらいの女性、一見死んでいるかのように見えるその二人はしかし、かろうじて呼吸に合わせて上下する胸が二人が生きている事を示していた。その二つの体の近くでは二人の人間がごそごそと何かをしていた。
魔神メフィストリニアス・カイサム』『宵闇の知者ディーパーリン・アネミス』、史上最高の魔法力を持ち最強といわれた四人の内二人が動かない人間相手にごそごそしている姿はどこか滑稽にも見えた。
「準備が整いましたゼイン様」
リニアスが低い声で言う。その様子を少し後ろで眺めていた『テンプル騎士団団長ゼイン・フォルテッシモ』は軽く頷くと倒れたまま動かない二人のすぐ近くまで歩み寄った。よく見ると二人の服装が変わっていた、と言うか裸だった。
「ついに、わが手中に最高戦力がそろうときが来たか」
どこか感慨深げにゼインが言う。リニアスとリンはゼインの一歩後ろに控えていた。
「始めるぞ」
そう言いながら目を閉じてゼインは精神を集中さえる。
「時すでに遅く」
精神を集中させたままゼインが呪文詠唱に入る。
「それは始まってしまった」
一言、唱えられるたびに周囲の空気が変わっていく。
「だが、悲観するな、人の子よ」
空気が帯電したかのような幻痛が三人を襲う。
「ならばその門を開けよ」
それでも呪文は止まる事はない。
「さすればそのことごとくは打破されよう」
たった一つの目的を果たすために。
「創世の時よ。今まさにここにあらん!!」
叫ばれたように呪文詠唱が終わると共にゼインたちの斜め上空、倒れ動かない二人の上に直径五mほどの魔法陣が現れた。
それと共に倒れていた二人の体に変化が訪れる。二人の体が淡く光だし、
コウッ!!
強い光が溢れたかと思うと同時、二つの光が魔方陣に吸い込まれた。
ゴポォッ!!ギチィ!クチャッ!
生々しい音と共に体が泡立ち徐々に肥大していく。
ピチャァ!ネチィ!グチョッ!グポッ!ゴポッ!
肥大は止まる事はなくやがて心臓にも見える球体に近い状態なって唐突に静寂が訪れた。ピンク色の肉塊はところどころホースくらいありそうな血管が浮き出てあちこちが不規則なリズムで脈打っていた。しばらくその状態が続いたかと思うと肉塊はまた唐突に変化を始める。肉塊から飛び出した四本の触手。収縮をはじめる肉塊。やがてそれは一つの形をとった。
醜悪
一言で表すならまさにその一言に尽きるだろう。それは確かに人の形をしていた。泥人形。たとえるとすればそれが最も近い、もしくは子供に粘土を持たせ人形を作らせたらこんな形になるのかもしれない。頭はのっぺりと凹凸はなくただ歪な球体がくっついているだけ。腕と足に関節や指はなくただ棒状のものが四つくっついているだけだった。
「眠りのときは終わり」
二つの肉人形が浮かぶ中、再びゼインが詠唱を始める。第一詠唱の身魂分離しんこんぶんりによりもともと肉体に入っていた魂が強制的に肉体から切り離されて冥府へと送られた。そしてフォーマットされた肉体に新たなる魂を降ろすために第二詠唱である呼魂介入ここんかいにゅうをはじめた。
「二十八対のつるぎがしがらみに変わる」
魔方陣の中心にソフトボ−ル位の闇が訪れじょじょに拡大していった。
狒々ひひの頭、獅子の遠吠え」
帯電していたような空気が一変、極寒の冷気にも似た悪寒があたりを包み込んだ。闇のようにみえたそれはしかしよく見るとあなだった。どこと繋がっているのか、何が溢れ出しているのか、想像もつかないまま、しかしそれは確実に孔から漏れ出していた。
「迷走する子はしかし安住の地の帰す」
孔から表れた黒い『何か』。
現れた二つのそれはまるで何かに導かれるように宙に浮く肉人形に入っていった。
「今忘れよう、在りし日の哀悼歌あいとうかを、心地よいかいなの中で」
第二詠唱の最終譜が唱えられる。それは死者使役法が完成した事を表していた。死者使役法を扱う際に使用されるのは詠唱譜と呼ばれる呪文。それは声を出すことだけに意味を持つ魔法とは違い死者使役法は呪文そのものに意味があり、その呪文の一語一句は能力者がまだ母の胎内にいるころから理解しているといわれていた。
ゼイン、リニアス、リン。三人の視線の先で肉人形に変化が現れていた。のっぺりとしていた顔には通常目のある部分に穴が開きそこから眼球が生まれ、顔の中心が三角に盛り上がり二つの穴が開き鼻が生まれる。口、耳、毛髪が次々と生まれる。手足には関節が生まれ五指が出来上がった。さっきまで人形だったものが瞬く間に人になった。
ニヤリと、下劣な、人を不快にしかさせない笑みを浮かべてゼインは目の前、空中からおり立った少年と三十歳程度の男に向けて悠然と言い放った。
「ようこそ、死法師が二人『暗殺者アサシンレオ・アレクサンドロス』『鋼の刃レザーエッジジャック・フィンランディ』。我々テンプル騎士団はお前たち二人を歓迎しよう」
それは明らかに目上の者が目下のものに向ける口調だった。二人は無言のままゼインの前に跪きながら言った。
「「この肉体、終焉まであなたと共に」」
二人の言葉にゼインは満足げに頷き高らかに言った。
「さあ、今最高の戦力が我が元に集った!覚悟しておくがいい、魔法庁よ!!」
それはちょうどクロイスがウルフ・ヤギナを打ち破った時刻だった。



時は現代に戻る。

「ひゃはははは!死ね死ね死ね死ねーー!」
「貴殿達は関係なき故、今すぐそこを空けよ」
テンプル騎士団最重要拠点のひとつ。魔法庁ですらまだその位置を特定出来ていないその場所でタイネムとティムが暴れまわっていた。なぜ二人がこの場所を知っているかというと
「やれやれ、相変わらず殺していくね。あの二人は」
この男のおかげだった。観察者フリーケネシムがつい先日死法師の一人『暗殺者レオ・アレクサンドロス』がこの拠点に配属された事を掴んだからだった。
「………同じ皆殺しでもなぜこうもクロイスと違うかな」
少し距離を置いてしかし誰にも気付かれることなくフリーがぼやく。二人の通り過ぎたあとに累々と積まれる死体。あるものは顔が抉れ、あるものは全身が千切れ飛び、あるものは体が肥大し風船のようになっていた。
「クロイスを舞とたとえるならあの二人はさしずめ搾取といったところか」
クロイスは相手を殺す場合、無駄な事は一切省き一刀のもとに切り伏せているのに対しタイネムとティムは死体に対しても攻撃を加え、気に入ったものがあればその場で食事(人食と血飲)をしていた。
搾取を続けながら拠点の最奥を目指しながら二人は進んでいく。やがてたどり着いた一室。
そこで三人は(フリー含む)閉鎖空間に閉じ込められた。そこに居たのはダークグレーのスーツを着て顔に髑髏に似た仮面を被った男とハイイースト地区で着られる武道着を身にまとった二人の男が居た。
「貴殿が死法師が一人、『暗殺者アサシンレオ・アレクサンドロス』か?」
ティムが仮面男に問いかける
仮面男が無言のまま頷く。
「我は八種の火薬ブラックパウダーエイツが一人、『暗殺者ティム・エレイア』。暗殺者として我が能力が上である事を証明したい。手合わせ願おう」
そういってティムは一瞬の内に間合いを詰めた。それにタイネムが叫ぶ。
「ティム!テメェ抜け駆けする気か!!」
「悪いがこの相手だけは譲るわけにはいかん」
そういいながらティムは手に持った短剣を相手の喉めがけて突き出す。それを半歩引いてかわし牽制のために腕を突き出す。ティムが後ろに飛んで距離をとり二人は動きを止める。
「やはりなかなかの反応、手を抜くのは失礼と言うものか」
その言葉と共にティムの周囲、何もない空間から水が湧き出す。
「我が短剣。銘はリヴァイアサン。神話に登場せし海の荒御霊あらみたまを冠すこの力、とくと味わうがよい」



「おらぁぁー!」
ドゴゥウ!
怒号一刀。
タイネムの手斧ハンドアックスが乳白色の床を打ち据える。
「だらぁ!せいっ!」
ゴォウ!ビュウウン!!
「オラオラァ!かわしてばかりじゃつまんねえだろう!」
タイネムの異常な力の前に武道着男二人はなすすべもなく防戦に徹していた。
「つまんねえんだよ!!とっとと掛かって来い!!」



水。水。水水水水水水水水水水
ティムの周囲に現れた水はとどまる事を知らず増殖を続けていた。
「さあ。食らうがいいわが水の…………」
消えた。先ほどまで確かに目の前に居たはずのレオの姿がどこにもなかった。
「これは…………」
ドン!!
唐突の衝撃。視線を下ろすとなぜか自分の胸から血まみれの腕がはえていた。
「な…に」
全身の力を振り絞って首を動かせばすぐ背後には仮面のまま表情をうかがう事の出来ないレンが立っていた。
ズ、ズズ、ズシュ!
腕が引き抜かれ胸に孔が開く。それを確認する事もないままティムの意識は途切れた。



「あれは………」
誰にも気付かれることもないままフリーは驚愕する。あっさりと、あまりにも呆気なくティムとレオの戦いにけりが付いた。フリーは二人の戦いを、今回の目的であるレオの『イクスティンクト』が何かを観察するためにこの場に居る。その観察はあまりにも呆気なく終わりを告げる。
フリーの視線の先レオの姿が不意に見えなくなりほんのわずかな間を置いてティムの背後に消えたときと同じく不意に現れ腕をティムの胸につきたてた。不意に消え、不意に現れる。これとよく似た魔法をフリーは使える。だがそれは魔法であり構成を必要とする。だが目の前でレオは構成もなく姿を消した。つまり不意に消える事がレオの『イクスティンクト』なのだろう。
「チッ」
フリーが舌打ちをする。今彼は珍しくイラだっていた。自分が苦労の末手に入れた能力を今視線の先でティムのリヴァイアサンを回収しているあの男は生まれつき持っているという事実にただ苛立っていた。



「ひゃはっ!」
歓喜に漏れる声。
「ひゃはっ、ひゃはっ、ひゃはははは!!!」
それは止まる事無く押さえようもなく口から溢れ続けた。ティムが死にその相手をしている男は無傷で立っている。それがタイネムに最上の歓喜を呼び起こした。ティムの実力はよく知っている。決してあの男は弱くない。むしろ自分に並ぶ強者だと言っていい。その男が相手にかすり傷一つ負わせる事が出来ないまま殺されてしまった。今までみた事もないような猛者が目の前に居る。その事がタイネムに無上の歓喜をもたらしていた。すでに周りでうろうろしている二人は眼中にない。二人を無視してレオに向かって歩き出した。
それを隙と見たのだろう、武道着の男二人が襲い掛かってくるが
「邪魔だぁ!!」
手斧ハンドアックスの一閃で二人は一瞬にしてばらばらの肉塊に変わった。
「やべぇやべぇやべぇ。ひゃはっ!勃起ってきた!勃起ってきた!勃起ってきた!!!たまんねぇよ。すぐにでも昇天いっちまいそうだ!!」
手斧ハンドアックスを振り上げ距離を詰める。
「ひゃはぁ!!」
ゴォオン!
渾身の力で振り下ろされたそれはもし当たっていれば確実に体が爆散していただろう。
タイネムの持つ手斧ハンドアックス『イフリート』は使用者に異常なまでの筋力をもたらす能力を有していた。
「フシィィィ………」
イフリート越しに伝わったのは強固な床の手ごたえのみ。視線をめぐらせればすでにレオの姿はなかった。
「どこだ!どこだ!どこだ!どこだ!どこだぁぁあぁ!!出てこい!!逃げるな!さっさとはじめようぜ!最高の殺し合いをよぉぉぉ!!」
ドオォォォォン!!
グアァァァァン!!
ガキィィィィィ!!
でたらめに振るわれるイフリートはレンに掠る事もなく乳白色の地面を幾度となく穿つ。
「出てこい!!逃げるなぁあぁぁぁぁ!!」
ギャギイィィィィ!!!
全力で振り下ろされたイフリートは何度目かの空振りに終わる。
ドッ!ドン!ドス!ドッ!
鈍い音があたりに響く。
「あん?」
タイネムが視線を下ろすと自分の体から透明な、ガラスのような透明な槍が四本はえていた。
「これは………」
ドッ!ドッ!ドッ!ドッ!ドッ!ドッ!ドッ!ドッ!ドッ!
呟く間もなく槍の数が増えていった。しかもその槍はすべて関節ばかりを貫いていた。
「あっ……が…ぁ」
ザァッ!バシャッ!バシャバシャバシャ!
ドサッ!
槍がその形を崩して水にかわる。そこにもはや立つ事すらできずタイネムは槍の残骸である水溜りに身を沈めた。
タイネムから八mほど離れた位置にやはり唐突にレオが現れた。その手には先ほどティムから回収したリヴァイアサンが握られていた。そのままレオはタイネムに歩み寄り今度はイフリートを回収した。



「暗殺者と闘士は倒れ二つの遺産はテンプル騎士団の手に………か」
閉鎖空間が解除されていく中フリーはただ静かにあたりの様子を『観察』していた。
「さて、ここまで我らが教師様は予想していたのかそれとも………ふふふっ。いいね、相変わらずこの世界は観察のしがいがあるよ」
そういってフリーは静かに笑った。



「それでクロイス、報告というのは?」
六室。ジーニがクロイスにたずねる。壁にもたれかかるクロイスに六星賢者全員が視線を向けた。それにクロイスは一度腕を組み直してから答えた。
「ジン・ガゼルの報告書も見て確証を得た。テンプル騎士団の主要メンバー、おそらく遊撃部隊全員と他の何人かはおそらくは全員が死者使役法によって蘇ったものたちだ」
その言葉に一同の瞳が驚愕に揺れた。



微かに光明の灯る部屋に声が響き渡る。
「カーズさん、見つけました魔法庁にいます。十七歳の男の人です」
どこか嬉しそうな声にこたえるもう一つの声。
「それで、僕たちの同胞たる彼の名前は?」
「名前は………クロイス、クロイス・カートゥスさんです」



動き出す。それぞれがそれぞれの思いの元。せきとめられていた何かが今一斉に動き出す。
足並みはそろわず無秩序に、しかし加速して。