夢。夢を見ている。

アカイ。アカイ。目の前が、頭の中が、掌が、顔が、何もかもがアカイセカイ。

目の前に居る、人。人。人。

その中に、二人生きている人が居る。

と言っても半死半生。このままでも恐らく死ぬだろう。


「この子は・・・・・・、この子は"   "じゃない!!」
「悪魔・・・、この化け物!!」


浴びせられる罵詈雑言。叱咤しながら、二人は後ろに下がっていく。

少年は立ち上がり、二人に手を翳した―――――。









      陸話 〜 雨散霧消うさんむしょう 〜
 








梗哉「ぁ・・・・・・」


情け無い声を出しながら、半強制的に夢から覚醒した。
喉が異常に渇き、汗が吹き出ている。
時計を見ると、六時。目覚ましが鳴るより早く起きれたが、気分は底辺。
ミミズに近い位最悪だ。


梗哉「夢、か・・・・・・」


はぁ、はぁ、と息を切らして、それだけを紡ぐ。
切っても切れない、忘れられる筈の無い夢。
頭を振り、起き上がる。喉が渇いた。今は何か飲みたい。




台所まで降り、水をコップを汲む。
ぐいっと、一煽りしテーブルにコップを置いた。


純一「よう、梗哉。おはようさん」


さて、次は如何しようか。そう言えば、何か声が聞こえてきたが、俺の家には俺以外居ない筈。
なら今の幻聴だろう。気にせずに、もう一度水を汲んだ。


ことり「おはようございます、梗哉君」
音夢「おはようございます」


水を煽り、喉を潤す。冷たい水は喉に染み渡り、体を底から冷やして行く。
頭を振り、んっと一伸び。そこで制止が掛かった。


純一「そろそろ気付け。いや、気付いていただろう」
ことり「無視なんて酷いです」
音夢「水城君、覚悟は出来ていますか?」


三人を取り敢えず視界に入れる。
何故居るのだろうか、理解出来ないが判る。コレが。この行動が鬱陶しい。
何故、関ろうとするのだろうか。


梗哉「あ、三人共居たんだ。おはよう」


にっこりと微笑みながら、自分の部屋に戻る。
ここで三人の制止が掛からなかったのは、三人が撃沈されていたからだ。
元々老若男女、教師をなし崩しして来た笑顔は未だ健在である。


溜息を吐き、制服に着替える。どうせ、確実に強制的に学園に連れて行くだろう。
いかなかったら五月蝿い。なら、五月蝿く無い様にするだけだ。




制服に着替え、居間に向かうと朝食の準備がされていた。
純一達は既に席に座り、後は梗哉だけ、と言う配置になっていた。


純一「さっさと座れよ、梗哉」
音夢「冷めちゃいますよ」
ことり「さっ、食べましょう」


無視して学園に行こうと言う所を、ことりに捕まえられた。
最初から逃げられる筈は無かった。まぁ、些細な抵抗だ。
三人が手を合わせ頂きますと口にする。
席は純一と音夢が隣同士、梗哉とことりが隣同士で座っている。


純一「流石、ことりの料理は美味いな」
音夢「本当に美味しいです」
ことり「えへへ、そうっすか?水城君はどうですか?」


何で、此処で話題を振ってくるのか甚だ疑問だが、返さない事には会話は終わらない雰囲気。
梗哉はそれでも、無視する。


ことり「どうっすか?」
梗哉「・・・・・・・・・」
ことり「あのぉ〜〜〜」
梗哉「・・・・・・・・」


黙々と食べる梗哉と、延々と質問繰り返すことりの図は、端から見れば恋人同士のやり取りに見えなくも無い。
只、ことりに気があるか知らないが、梗哉はそんな気が全く無い。つまり、成り立たない。


ことり「もぅっ、水城君!!」
梗哉「わっ」


無視を決め込んでいると、ことりが梗哉の持っていた食器を取り上げてしまった。
梗哉はその食器を諦めて、他のおかずに手を伸ばす。
それを見たことりが、おかずを遠退け梗哉の手が届かない領地へ旅立たせた。


梗哉「何がしたいの?」
ことり「質問に答えてください」


怒気を含ませた口調で、ことりが梗哉に問う。
梗哉は溜息を吐いて、口を開いた。


梗哉「不味くは無い」
ことり「本当ですか?」
梗哉「はぁ・・・・・・・・・」


もう良いだろ、と目で問うと、コレまで旅立っていた食器やらおかずが戻って来た。
それに手をつけ食べ始める。ことりはと言うと、さっきの答えに満足したのか、喜色満面で朝食を食べ始めた。




昼休み、純一は体育館の裏に来ていた。
其処には知っている顔が居た。朝倉音夢。芳野さくら。水越萌。工藤叶。杉並近衛。そして白河ことり。
此処に居る全員が"覚醒者"。闇に生きている者達。
そして、"聖なる騎士パラディン"のメンバーである。


純一「皆居るな。話と言うのは他でも無い。梗哉の事だ」
さくら「水城君?水城君が如何したの?」


さくらの他、知らない者が首を傾げた。純一の後を引き継ぎ、杉並が口を開いた。


杉並「水城は"覚醒者"だった。しかも開いている座、"熾天使セラフィム"に覚醒している」
工藤「なっ―――――!!」
萌「本当ですか〜〜〜?」


工藤と萌、それにさくらが驚愕を示す。
"覚醒者"は覚醒者同士ならその存在が確認できる。
しかし梗哉の場合、その反応が無かった。なら、最近覚醒したのだろうか。


さくら「最近覚醒したの?」
杉並「いや、あいつの口振りだと、以前から覚醒している」
工藤「けど、覚醒者同士だと判るじゃないか」
純一「其処が不思議なんだが、それでもアイツは覚醒者だ」


純一が言い切り、工藤等三名が喜色を浮かべている。
しかし、次にことりから発せられる言葉は、それを払拭させた。


ことり「けれど、水城君は"聖なる騎士パラディン"に入らない。と言いました」
さくら「うにゃっ?何で?」
音夢「判りません。けれど・・・・・・凄く哀しい顔をしてました」
萌「何か―――――あったんでしょうか」
純一「判りません。アイツ、自分の事は話そうとしないから・・・・・」


空気が重くなる。その後二、三言葉を交わして、その場は解散となった。
只、誰もが晴れない表情を隠そうともしていなかった。




梗哉「ふぁ・・・・・・」


梗哉は久し振りに五月蝿くない周囲に感謝し、机の上に突っ伏した。
これからどうなるか、何てそんな事、誰にも分かりはしない。
だけど、無関係では居られなくなるだろう。
何処まで抗えるか、何て目に見えている。
けれど、最後まで抗って見せよう。何の為にこの力を振るうのか。
そんな事、今日の今まで考えた事は無かった。


梗哉「こんな力、消えれば良いのに」


呟き、船を漕いでいた意識に暗幕を下ろす。
途端に薄れ行く意識の中、チャイムと同時に駆け込んでくる純一が目に付いた。