「ではそろそろ時間なので。先輩方、準備は宜しいですか?」
雫「大丈夫」
叶「右に同じ」


雫と叶の言葉に頷き、女の子が先頭を歩き始めた。
その後に続き、雫達も歩き始める。叶は緊張しているのか少し震えている。
対して雫は何処吹く風である。実に堂々とした物だ。


「では、頑張ってください」


女の子の応援に手を振って返し、ドアを開ける。途端、巻き起こる歓声。
雫は少し圧倒されながら、叶と並んでリングに上る。
観客の一層大きくなる歓声で、二人は迎え入れられたのだった。








◇-----------------------------------------------------------------------------------------------◇


―――この世の陽炎―――


/5  ≪模擬試験開始≫    
◇-----------------------------------------------------------------------------------------------◇





リングに上がり、右に雫、左に叶が立っている。リング上に審判はおらず、審判は上のアナウンス席に座っている。
観客は全校生徒、全教師。要は、お祭り騒ぎと同じ位置にあるのだ。
あー、あー、とスピーカーから訊こえる。どうやら、マイクのテスト中らしい。


『皆さんお待たせいたしました。これより、模擬試験を開始したいと思います!!』


わあああぁぁぁあぁあぁあ!!!!!


客席からの大きな声に反応し、つい耳を塞ぎたくなる衝動を理性で抑えつける。
キョロキョロとするのも目立つので、その場でじっとしている事に決め、さっさと終わらないかな、と心の中で愚痴る。


『先ず、紹介からしようと思います。今日転入してきた、美少年と言うより美少女、桜風雫君!!武器は短刀、属性は水。ランクはD−です。ランクAの工藤君にどう立ち向かうのか!!見ものです!!』


わあああああああああああ!!!!!


『がんばって〜』とか『怪我しないでね〜〜』とかその他諸々訊こえてくる声。
何か、私的な感情が篭っている応援は、しかし雫の耳に届かなかった。


『続いてはAランク、『幻惑の守人イリュージョン・ガーデン』、工藤叶君!!武器は鎌で属性は桜風君と同じ水です。ランクは工藤君の方が上。さぁ、どんな戦いを見せてくれるのか!!』


わあああああああああああ!!!!!


雫と同レベルの歓声。しかし五月蝿い物だ。全校生徒に教師がプラスだから、その人数は六百を超える。
声が枯れないのか、と思うがそれは別のお話。雫が与り知る所ではない。
何やかや、と思考に耽っている所をアナウンスの声が邪魔をした。


『それでは、始めたいと思います。両者、準備は宜しいですか!?』
雫「はい」
叶「大丈夫です」


アナウンスの声に、手を上げて答える。それを訊き、審判は声を張り上げた。
だから。そんなに声を上げなくても訊こえるって。


『では。レディ・・・・・・ファイッ!!!』


声と共に叶は駆け出した。鎌を右手に持ち疾走。対する雫も駆け出していた。
雫の武器は短刀。その銘を"銀桜"と言い、身体能力の向上と、魔力を付加する事により、銀色の刀身が現れる武器である。



武器には高位の物であるが、能力が存在する。"銀桜"の様に武器に魔力を込める事により、その武器の能力を具現する物が殆どだ。
色々あるが、今は語りつくせないので出てきた時に語る事にしよう。



閑話休題。



右手に短刀を持ち、疾走する。短刀である以上後の先はない。あっても先の後。先制攻撃を持って必殺とする訳である。リーチも短い分、どうしても先手を取らなければ不利になる。そう言う訳だ。
対する鎌はリーチが長い分、密着されれば困る。ならやはり先手だ。密着される前に倒す。ただそれだけである。


叶「はぁっ!!」


気合と共に鎌の一撃が打ち込まれる。
雫はそれを半身になってかわし、短刀を走らせる。
叶は鎌の一撃の反動を利用し、短刀をかわし、更に反撃として鎌を遠心力に乗せて斬り込む。
雫は軽く舌打ちをして、手早く構成を編み、呪を紡ぐ。


雫「湧き上がる泉、水の柱となれ―――水の壁ウォーター・ウォール―――」


水が湧き出て、雫を守る壁となって現れる。
鎌は行くてを阻まれ、其処に立ち往生した。叶はステップを踏み、その場から距離を取る。
役目を終えた水はそのまま崩れ落ち、雫の姿が見えたと同時に叶は鎌を回しながら投げた。


雫「うぉっ!!」


これには虚を疲れたのか、雫は身体を思いっきり屈ませてそれを避ける。
それが判っていたのか、叶は既に構成を編み込み、魔術の用意をしていた。構成はかなり攻撃的。


叶「飛び立つ水流、連続なる刃、今解き放たん―――双刃なる水撃ダブル・ソード―――」


掌から放たれる水の刃。中級魔術『双刃なる水撃』。大きな水の刃は相当な魔力が込められているのが判る。
雫は襲い来る刃に合わせて、掌を向ける。


雫「―――蒼壁なる滴ウォーター・フォール―――」


無詠唱、短縮で中級魔術を持ってくる。この事に少なからず驚きを見せる叶。
他の観客からも驚きの声が聞こえる。


無詠唱、短縮と言うのはリスクを伴う。何せ構成はミスれば術者にリスクが帰ってくる。
初級魔術はあまりリスクは返ってこず、せいぜい火傷程度。だが、上に進むに連れて、リスクは高くなる。
最悪死ぬ事もあるが、構成さえちゃんとすれば強大な威力を発揮する。相応の魔力がなければ無理だが。
更に無詠唱、短縮すると、ちゃんとした工程で作り出した魔術の威力より少し落ちる。
構成が綿密であれば、同じ程度の威力が望まれるが、一流以上でなくては難しい。



閑話休題。



そう言う意味で雫がした事は、結構命知らずな事である。
殆どの観客は雫の構成の綿密さに気付いていない。雫の構成の綿密さは最初から最後までちゃんとした工程で作り出した物と同じレベルである。


水の壁と刃がぶつかり合い、しかし、その刃は尚止まる事を知らなかった。
不気味に思い叶を見てみると、其処には掌から魔力を注ぎ込んでいるのが判った。
成る程、と思いこれなら魔力ぎれでギブアップできるな、と思っていたが。


雫「ん?」


後ろに違和感がある。チラッと見てみると、其処には先程かわした鎌がブーメランの要領で戻ってきているのが見えた。
突如、雫は魔術を消した。そうして跳躍。真上に飛んだ雫は鎌が通り過ぎてから、着地。それと同時に着弾した。


ズガアアアア!!!


二つの刃が雫に着弾し、大きな音を立てる。これで終わった筈。だが、一向にリング外に雫の姿が見えない。
リングには特別な結界がしてあり、致命傷を受ければリング外に出されるのだ。


しかし雫はリング外に出ていない。つまり先程のダメージは致命傷ではないか、受けてないかどっちかである。


雫「いってえな・・・・・・」


煙の中から現れ、愚痴を零しつつ言う雫。ダメージは目立った所は無いが、無数の傷が出来ている。
雫はニヤリと笑い、手を上げた。口元を緩ませ、開ける。


雫「降参」


『はっ!?』


雫の笑みが皆にも見えたのか、それともあまり傷が無かったのでまだ続けると思っていたのに、此処に来て降伏宣言。
これで驚くなと言う方が無理な話だった。しかし、雫は降参を宣言したので負けである。


雫「審判」
『あっ、え〜、この勝負工藤叶の勝ちとします』


わ・・・わあああああああ!!!!


一瞬冷め切った観客達だったが、審判の声によりもう一度熱気が戻ってくる。
まぁ、何がなにやら判っていない観客ばかりだが。それでも叶は勝ったのだ。
叶は困惑気味な顔をしながらも手を上げて歓声に答えた。雫は少々の誇りを払いリングから降りた。





雫「ふぅっ・・・・・・」


溜息を吐きながら、休憩所の椅子に座っている雫。先程買ったジュースを飲んでいる。五臓六腑に染み渡る水分が身体を満たしていく。
少々傷が痛むが、別に放っておいても大丈夫だろう。それより問題は制服だ。
切り傷だらけで制服の替えが必要である。帰ったら暦に訊いておこう、と思い、ジュースをまた流し込んだ。


???「はぁ、疲れたな・・・・・・」
雫「ん?」


声の訊こえた方を振り向いてみると、其処には叶が居た。哀愁を漂わした溜息をし、雫の隣に腰掛けた。
色々疲れた、と言った表情。どうせ、観客の相手をして疲れたのだ。雫はそれが厭だから早くリングから降りたのだが。


雫「ほら、ジュース。何でも良かっただろ?」
叶「ああ、ありがとう」


そう言って叶にオレンジジュースを投げ渡す。礼を言って受け取り、それを一気に叶は飲み込んだ。
ふぅ、と息を吐き叶は雫の方を見据えた。


叶「で、最後はどうやったんだ?」
雫「最後?―――――ああ、アレか。アレは障壁を作ったんだ、水で。それで防いだ」


無詠唱は流石にキツイなぁ、と思いつつ雫は苦笑する。叶は耳を疑った。
雫に直撃する前、確かに雫は魔術を構成していなかった筈。ならまた無詠唱か。


叶「無詠唱で?」
雫「うん。じゃないと作れないだろ、あのタイミングだと。そのお陰で魔力枯渇状態一歩手前まで行ったから、降参したん
  だ」


何でも無い様に言う雫と、成る程、と頷く叶。
そこから後は普通に談笑でもしようか、と思った所で純一が休憩所に入って来た。
他には、と言っても寮のメンバー全員が中に入って来ている。


純一「雫、お前無詠唱魔術が出来るんだな」
雫「ああ。マスターするのにかなり時間を要したけどな」
智香「何であの時、降参したんです?」
雫「魔力が枯渇状態の一歩手前まで行ったからかな」
美奈子「そうなんですか・・・・・・。何はともあれ、二人共お疲れ様です」


労いの言葉に雫、叶共に微笑みで返した。その微笑みに当てられたのは言うまでも無く美奈子だ。
他にも居るが、一々上げるのは面倒臭いのでスルー。
模擬試験の後は四時間目、と言う事にはならず、そのまま昼休みに移行するらしい。
智香に美奈子は何時もことりと一緒に食べているらしいので、雫達はことり達と別れた。
眞子と萌は屋上で鍋をしているらしく、誘われたが鍋、と言う気分ではないので丁重に断った。
美春も来ていたが、四年次の友達と一緒に食べる約束をしていたらしいので、元気一杯に駆けて行った。


と言う訳で。雫と純一、音夢と叶の四人は只今、食堂に向かっている。
寮では弁当を持って行きたい奴は持って行けば良い、と言う考えなので雫達四名は弁当を持っていない。
勿論、料理は出来るのだが、今日は良いか、と持って来ていないのはおろか、作ってもいない。


純一「此処が、風見学園の食堂だ」


純一が立ち止まる。中を見てみると流石に繁盛しているらしい。
雫は驚嘆した。殆どの人達が来ているのか、座る所など無い。
そこで純一は食堂の中に入り、食堂全てを一瞥した。すると―――――、


??「朝倉、此処が開いているぞ」


そんな声が訊こえて来た。自然、純一は其方を向き手を上げる。
そうして、声を上げて呼んで来た人物の名を呼ぶ。


純一「杉並」


雫達に入って来い、と目で促し純一はスタスタと歩いて行った。
雫達も僅かに遅れながらも、純一に着いて行く。純一は既に席に座っていた。
其処には二人の男子生徒が座っている。二人共見た事の無い顔である。雫は頭を軽く下げて席に座った。


純一「二人共、雫に自己紹介してくれ」
??「ふむ。では俺からだ。俺は杉並近衛と言う。よろしく頼むぞ」
??「俺は滝磨響たきまきょうだ。よろしくな、桜風」


ああ、と頷き、音夢と叶の注文を訊く。音夢はカレーうどん、叶はAランチ。純一は既に自分の分を買いに行っている。
雫も腰を上げ、厨房の所まで歩いて行く。雫が歩くと、やはり其処は生暖かい。女子の殆どが雫を目で追っていたり、身体ごと動かして追っている。
軽く不思議に思いながら純一の隣に並び注文する。すると、更に生暖かくなった。


元々純一はこの学園で人気の人物だ。S+ランクを持ち、容姿はカッコいい部類に入る。しかもSランク以上の使い手はこの学園に純一を除いて二人。
なら、注目されて当たり前だった。もう二人の内一人は白河ことり。もう一人は朝倉音夢である。
他の二人は女子。なら男子である純一は、女子からいやでも注目される。


雫「なぁ、純一。すこし生暖かくないか?」
純一「奇遇だな。俺もそう思ってた所だ」


首を傾げる二人。これを世は、愚鈍と言う。雫も純一もその最たるものである。
その結果か、雫も純一も付き合った事がない。雫に関しては付き合うつもりは無く、純一は付き合いたいとは思っているのだが、出来ないと言うのが現状である。


雫・純一「「早く、注文した品、出来ないかなぁ・・・・・・」」


二人ではもり、二人同時に溜息を吐く。それから約十分間、二人は生暖かい気温に悩まされていた。





昼食を食べ終わり、雫は中庭に居た。と言うのも、昼休みが結構長いのだ。四時間目をしていないので、丸一時間の空き、昼休みも約一時間。
つまり二時間、休み時間があると言う事になる。よって、教室に居るのも暇なので中庭に出て来ている訳である。
外は寒く、しかし雪が降っている、と言う事でもない。此処サーカス国ではあまり雪が降らないらしい。


雫「寒いな・・・・・・」


雪が降っていようが降っていまいが、結局の所寒いのだ。それは何者にも変え難い事実である。
そう言う事もあり、中庭に出ている人の数は片手で事足りる。どうせ、物好きばかりだろう、自分を含めて。
空を見上げれば、青空が見える。今日は晴れ。間違っても雪が降るなんて事は無いだろう。


???「あれ?雫君ですか?」
雫「え?」


後ろの方から声が訊こえ、つい、と振り返る。其処にはことりと智香、美奈子が立っていた。
三人共意外そうにこっちを見てくるが、こっちからすれば、三人の方が意外だ。
何よりこの三人組と言うのも意外と言えば、意外だし。


ことり「何してるんですか?」
雫「やる事がないから、こうして外に出てるんだ」
智香「そうなんだ。寒くないの?」
雫「いや、寒い」
美奈子「あ、あははは」


智香の問いに間髪入れずに言い切る雫。それに、美奈子は苦笑いをした。
ことりはニコニコと太陽みたいに笑っている。


智香「それじゃあ、何で出てるの?」
雫「だから、暇だから。じゃあ、そちらさんは何で出てるんだ?」


切り返しに、少し止まる三人。その様は子供がどう言い訳しようか考えている様である。
三人はバツが悪そうに苦笑し、口を開いた。


ことり「暇だったから、です」
雫「一緒か。で、三人は友達同士?」


再び、雫が質問する。その質問に三人は目を丸くする。
しかし頬を緩ませ、息を一つ入れ微笑みながら言った。


ことり「友達で」
智香「楽しくて」
美奈子「頼り甲斐のある」
「「「掛け替えのない親友です」」」


三人の顔は晴れやかな物だ。雫はそれを見て、自然に頬が緩んだ。
本当にこの三人はお互いの事を信用している。じゃないと、そんな笑顔は出ない。
ことり達はクスクス笑い、雫は空を見上げた。やはり青空。しかし、先程より晴れ渡って見えた。