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暦「静かに。今日は転入生が居る。先に言っておくが、男だ。こら男子、露骨に厭そうな顔をするな」
暦が先に釘を打つと、男子は一気に脱力した感じになった。
それらの例外の一人、朝倉純一は一人思考にふけていた。
純一「(転入生と言うと、雫か?)」
暦「じゃあ、入ってきな」
暦が扉の方に向き、口を開く。ドアが開き、銀色の髪の毛が見える。
純一の思考は当たっていた。完全に姿を見せたその男子は、桜風雫、その人だった。
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―――この世の陽炎―――
/4 ≪歯車が回りだす≫
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雫SIDE―――――
ノックして職員室に入る。先生方は全員席に座って、書類やら何やらを整理している姿が見受けられる。
雫はそれをざっと見回して、如何しようかと思い、一番近くの席に座っていた教師に声を掛けた。
雫「すみません。今日転入してきた者なんですが・・・・・・」
「ん?ああ、君がか。着いてきなさい、君の担任の先生の所に案内しよう」
厭な顔一つせず、雫を連れて教師はその担任の先生の所まで案内してくれた。
その教師が、立ち止まりこっちを振り返り口を開いた。
「白河暦先生。此方が君の担任の先生だ」
只、雫も口を開いていたが。何と言っても自分の寮の管理人なのだから、驚くのも当たり前である。
およそ、その性格からして教師とは正反対の位置に居る人が、自分の担任。
ビックリして当然である。それを知っていて、暦は椅子を動かさず、雫を一瞥した。
暦「遅いよ、アンタ」
雫「―――――一つ訊いても良いか・・・・・・訊いても良いですか?」
タメ口になりそうなのを堪えて雫は尋ねた。既に担任を教えてくれた教師は自分の席に戻っている。
暦は雫に目線を投げ掛けたまま、雫の疑問を答える為に雫の疑問を待っている。
雫「何で、教師なんです?管理人だった筈ですけど?」
暦「管理人が教師になってはいけない、と言う決まりは無い筈だが?」
ああ、確かにその通り。暦はしれっ、と雫の疑問に答えた。勿論間髪入れずに。
雫は溜息を一つ入れ、二つ目の疑問を口にした。
雫「なら、何で俺達より先に着いてるんですか?」
確かにこの人は俺達が出た時に居た筈だ。大体見送りを受けたんだから。
なら、どうやって先に来たんだか。暦のランクは高い。
だが、それでも純一は全力で走っていた。それに着いて行った自分も中々なペースで走っていたはず。
暦「単純な話だ。私の方が速かった」
ほら、単純だろう。とタバコをふかしながら暦は言った。
愚問だった、と雫は目で詫びる。それに気にした風も無く暦は目線を机に戻し、書類を掴んだ。
ざっと中身を見て、もう一度雫に目線を戻す。
暦「前に居たのはKANON国になっているが、本当だな?」
雫「あってます」
よし。と暦が呟く。大方雫の書類だろう。嘘は書かれていないはずだ。
そうして直ぐ、暦は席から立ち上がった。
暦「じゃあ、行くか。クラスに案内しよう」
暦の後につき、職員室から出る。手には名簿を持ち、いかにも先生である。
クラスに着くまでこれと言った話は無い。
そうか。と胸の中で思う。だから暦はこの学園の制服を持っていたのだ。
変に回りくどい事をする物だ、と思い納得する。これが暦なのだ。この性格。ひねくれているから治しよう無いな、とごちりながら暦の後を歩く。
暦「変な事、考えて無いかい?」
雫「全然、全く」
何故心の中で言っている事が判るのか甚だ疑問だが、別にこれと言った事はない。
五年次のクラスは一階にある。一年次〜三年次までは校舎が別れており、これと言った用事がない限り其方には行かないだろう。
ピタリ、と暦が止まる。そのクラスは5−A。どうやら此処が自分のクラスらしい。
暦「それじゃあ、直ぐに呼ぶから心の準備しておきな」
言って暦が扉を開け、中に入っていく。
心の準備、と言っても何度こう言う事を体験しただろう。別に緊張などない。
雫としては意味のない事柄だと、何度も心の中で繰り返し思っている。
暦「静かに。今日は転入生が居る。先に言っておくが、男だ。こら男子、露骨に厭そうな顔をするな」
やはり、転入生は女子の方がいいのだろう、男子の落胆の溜息が聞こえてくる。
雫は苦笑しながら、何時呼ばれるだろう、と思いつつ廊下を見ている。
と。何やら視線を感じる。前の方、しかし誰もいない廊下で、それは確かに感じるのだ。
疑問に思い、気配を探ろうとした瞬間―――――
暦「じゃあ、入ってきな」
暦からお呼びが掛かった。もう少し遅くしても良かったのでは?
と思うぐらい早い。が、文句を言っても仕方がないので、雫はそのまま教室に入った。
廊下の気配も気になったが仕方ない。
ガラリ。
ドアを開けて中に入る。次いで聞こえる女子の黄色い声。
それを完璧に無視して、雫は教壇に向かった。
暦「今日から転入する事になった、桜風雫君だ。自己紹介を頼む」
暦に促され、雫は一歩前に出る。ざっと見回してみると、直ぐに純一が目に付いた。
ニヤリ、と不敵な笑いを一つして、雫は微笑みながら自己紹介を始めた。
雫「えっと、只今暦先生から紹介を受けた、桜風雫です」
言いながらクラス全体を一瞥する。音夢と眞子を発見。それ以外に寮の住人は居ない。
他には特に目に付く人もいないので、そのまま自己紹介を続ける。
雫「気軽に声を掛けてくれれば嬉しいです。よろしくお願いします」
ぺこ、と頭を下げる。それと同時に拍手が巻き起こる。
女子は顔を赤くしたり、鼻血を出している人も居るが、スルーした方が良いだろう。
男子も拍手をしている。一部の男子が顔を赤くしているが、命に関りそうなので突っ込まない。
暦「じゃあ、誰か質問したい者はいるか?」
一斉に手を上げる男子女子。その数、クラスの全員を占める割合だ。
あげていないのは寮のメンバーだけである。これには暦も目を疑ったのか、少し苦笑いしている。
暦は肩を竦めて、判った。と一言言った。
暦「HRの時間で、これだけの数は捌けないから、一時間目を使おう。桜風。朝倉の隣に座れ」
男子女子の熱気が冷めやらぬまま、暦は指示を下した。
雫はそれに従い、純一の席の隣まで歩いていった。それに合わせる様に皆が目線を動かす。
中には体を動かす者も居り、雫は勿論、純一も驚いている。
雫「よ、純一」
純一「まさか、同じクラスになるとはな」
雫「ま、よろしく頼む」
純一「かったるく無ければな」
ああ、と頷き席に座る。女子はひそひそと話しているし、男子もそれと変わらない。
純一は机に突っ伏し、雫は目線を前に置いている。ふと、視線が気になり其方を見ると、音夢と眞子が手を振っていた。
それに手を振り替えし、少し笑う。その事により、音夢と眞子に質問の嵐が飛ぶが、雫には関係の無い事だった。
暦「静かに!!今からプリントを配る。桜風、お前はちゃんと目を通す様に」
前からプリントが配られる。それを見て、一人の男子がえっ?と声を出すが、皆はほぼ無視だ。
だが、プリントが配られるにつれ、一人、また一人と疑問詞が飛び交うようになった。
純一「皆、こっち見てないか?」
雫「どうせ、俺のランクの事だろう?」
配られたプリントに目を通す。
そこには雫の思ったとおり、自分のランクが書かれていた。
純一「相手は、工藤か。普通、D−にAランクなんて当てるかねぇ」
プリントを見て、純一がぼやく。どうせ暦が決めた事だろう、雫はあまり気にしていない。
相手が誰だろうが、関係の無い事だ。ただ、目立つ事も控えなければならない。
任務で来ている以上、失敗は許されない。失敗すれば笑われる。特に"アイツら"に。
雫「どうせ、暦先生が決めた事だろ?別に誰と当たろうと俺は気にしないけどな」
涼しげに雫は漏らす。しかし、Aランクが相手となると、さて如何したものか。
雫は天井を見上げ溜息を吐く。目立たない為には如何すれば良いか。
この時期に転入しただけでもかなり目立っていると言うのに、此処で勝ってしまえば。
確実に目立つ事間違い無しである。
暦「それじゃあ、質問を受け付けようか。桜風、前に来い」
考えても無駄だ。思考を消して、今は目先の事を考えよう。
雫は嘆願して、質問と言う名の地獄に向かった。
一時間目の休み時間。雫は疲れ切り、机に突っ伏した。
前の学校でもそうだったが、質問の数が些か多すぎる気がする。何故其処まで出てくるのか。
それが不思議でならない。毎度の事ながら、いや、毎度の事であるから此処まで焦燥し切っているのだけれど。
隣の純一はその様を笑いながら見ている。
純一「いや、お前、途轍もなく質問されてたな」
雫「ああ。疲れた・・・・・・」
眞子「アレは凄かったわね」
音夢「全くです」
何時の間にか音夢と眞子も雫の席に来ていた。
音夢も眞子も苦笑しつつ、雫の事を見ている。どれもこれも、質問の所為だった。
『特技は何ですか?』『彼女は居ますか』『本当に男なんですか』とか、普通な質問と言えば『武器は何ですか』『ランクがD−と言うのは本当ですか』等しかなく、無意味な質問の繰り返し。疲れないほうがどうかしている。
雫「この学園生は話題に事欠かないだろうなぁ」
言って納得する。此処まで質問出来るなら、休み時間の喧騒も納得がいった。
しかも驚くなかれ、廊下も人で一杯だ。雫の容姿見たさで他のクラスからも人が来ているのだから。
雫はその事を知ってか知らずか、溜息を吐いている。二時間目は普通の授業、三時間目は模擬試験である。
模擬試験はどの異能者養成機関でもやっている事で、書類に書かれているランクが本当かを見る試験である。
そこで、今後の学園生活の立場が決まる。しかし、雫にとってそれはどうでも良い事だった。
閑話休題。
最早、言う事が何もないのか、雫は机に突っ伏し皆は苦笑している。
???「お疲れですね」
???「如何したんだ、雫は」
二つの声が上から降ってきた。その声に反応し顔を上げると、其処には白河ことりと工藤叶が立っていた。
白河ことりの容姿の説明だが、赤い髪の毛でロングヘアー。白い帽子を被っており、文句なしの美少女が彼女だ。
工藤叶は金色の髪の毛で中性的な顔立ち。美少女とも美少年とも取れる。
雫「ことりに叶か・・・・・・」
音夢「凄かったんですよ、質問の応酬で」
叶「はぁ〜〜〜、そりゃ、お疲れ様」
苦笑して、叶が雫に言葉を掛ける。それに手を振り、大丈夫であるの意を示す。
それから他愛のない話をして、チャイムが鳴った。
ことりと叶は手を振って自分のクラスに戻って行った。音夢と眞子も自分の席に戻って行く。
それから一分も経たず暦が入ってきた。日直が起立、礼の号令をする。
暦「今日は"戦舞桜華"の話をしようと思う」
暦の言葉にクラスが沸く。雫と純一は相変わらず机に突っ伏しているが、眠っていはいない。
暦「"戦舞桜華"はどんな者達か、朝倉音夢、言えるか?」
音夢「はい。最高位の実力を持ち、各地で任務を全うしている人達です」
暦「そうだ。では説明する」
「最初はやはりリーダーだ。因みに、今の"戦舞桜華"は通り名しか上げられていない。リーダーの"紺碧の守護神"。武器は短刀で属性は水と氷に無。かなりの実力を保有している」
「次に"謎の静粛者"。この方は副リーダーだ。武器は小太刀で、属性は水と氷だ。曰く"リーダーとは戦いたくない"と言っているらしい」
「次に"霊炎の騎士"。武器は刀で属性は火と地。実力は高く、前の二人に比べて遜色ないと言われている」
「次に"蒼き漆黒の死神"。武器は短刀で属性は光と闇だ。特殊な能力の持ち主で、もしかするとこの人物が最強なのではないか、といわれている」
「そして最後に"死の遁走曲"。武器は槍。属性は風だ。この人も実力が高い。今はあらゆる国で任務をこなして回っているらしい」
これで終わりだ。と暦が説明を終える。他の皆はこれ等の事をノートに取っている。
真面目だねぇ、と雫は胸の中で感心し窓の外を見た。丁度席が窓際なので外が良く見える。
やはり、外では桜が舞っており何処までも平和である。
音夢「先に上げられた人達のランクはどうなんですか?」
音夢が手を挙げて暦に質問した。
暦「全員がSSSランクだ。いや、例外も居たか。これは言えないんだが、リーダーだけランクが違う」
眞子「幾らなんですか?」
眞子が怪訝そうに暦に質問する。"戦舞神"と言えば最高位のメンバーが揃っている言わばドリームチームだ。
なのにリーダーがSSSランクでは無いと言うのはどう言う事か。
しかし暦は眞子の問いに首を振った。
暦「悪いがこれは口止めされててね。知りたければ、本人に訊く事だ」
そう言って質問を流した。眞子はやはり不思議そうな顔をしたまま座り、音夢は熱心にノートを取っていた。
純一は既に夢の中に旅立っており、雫は興味無さそうに外を見ている。
暦「さて、それじゃあ授業も終わりにするか」
チャイムが鳴り暦が言った。日直は号令し、皆がそれに合わせる。
休み時間と相成り、雫はぐっと背を伸ばした。自然、欠伸が出て、目の前が霞む。
そうしていると、皆が移動を始めた。次の時間は模擬試験。闘技場でやるのが当たり前である。
音夢「兄さん、起きて下さい!!」
純一「ん、んん・・・・・・ん?二時間目終わったのか?」
空ろな目で音夢に問い掛ける純一。音夢は憮然とした態度で肯定する。
雫はその姿を横目で見つつ、溜息を吐いた。模擬試験など、面倒臭い。
純一「そうか。じゃあ、雫。着いて来い」
雫「ああ」
純一は席から立ち、スタスタと歩いて行く。それに倣い、雫と音夢が移動する。
ドアの所に眞子も居たので合流し、四人で歩いて行く。
途中談笑しながら歩くこと五分。闘技場が見えてきた。数は三。その中で第一闘技場を使うらしかった。
雫「何処の学校も同じなんだな」
眞子「?どうかした?」
雫「いや、何でもない」
適当に誤魔化して、胸の中で反復する。
何処の学校でも同じらしい。第一闘技場で模擬試験をするのは。生徒達のトーナメント戦で使われるのが第二闘技場。ゲストなどを呼び、その戦闘に使われるのが第三闘技場。第三闘技場が一番豪勢な造りになっている。
純一「此処だな。じゃあ、雫。頑張ってくれ」
音夢「頑張って下さいね」
眞子「頑張りなさいよ」
三人の応援の言葉に、ん、と答えて雫は扉を開けた。その扉はやけに物々しい。
扉のマークは国によって違い、風見学園の闘技場のマークは桜である。
まぁ、そのままだ。そのまま突き進み、また見えてくるドア。それを開けて中に入る。其処には叶と受付の女の子が居た。
叶「あ、雫」
雫「おう。未だ時間大丈夫だよな?」
「はい。まだ余裕有ります。えっと、桜風雫先輩ですね」
雫「ああ」
はい。と言って女の子は手に持っている物にマークを入れた。
そうしておもむろに体を翻し、後ろに置いてある魔力不可の道具を手に取る。
「桜風先輩の武器は付加、いりますか?」
雫「いや、良い。俺の武器は神具だから」
そうですか、とその道具をもう一度振り返り机に置く。
付加と言うのは武器の威力を落とさない為、刃毀れをさせないために必要な物だ。
しかし、神具やグランス・ウェポンなどの武器は刃毀れなど稀なので、付加する必要がない。
だから雫はそれを断ったのだ。
閑話休題。
「ではそろそろ時間なので。先輩方、準備は宜しいですか?」
雫「大丈夫」
叶「右に同じ」
雫と叶の言葉に頷き、女の子が先頭を歩き始めた。
その後に続き、雫達も歩き始める。叶は緊張しているのか少し震えている。
対して雫は何処吹く風である。実に堂々とした物だ。
「では、頑張ってください」
女の子の応援に手を振って返し、ドアを開ける。途端、巻き起こる歓声。 雫は少し圧倒されながら、叶と並んでリングに上る。
観客の一層大きくなる歓声で、二人は迎え入れられたのだった。
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