全てを知りし者 第二話



彼、朝倉純一は夢の中にいた。とても不思議な夢。朝の桜公園、そこの入り口付 近に2人の男女がいた。男の方が地面に横たわり、女のほうがその体を揺さぶり 、必死に彼に呼び掛けているのだ。


「兄さん!兄さん!ねえ、起きてよ!」


兄さん…?兄貴が倒れたのか。気の毒だな。


「いや、いやよ!ねえ!お願いだから…兄さん!」


かわいそうに。それにしても、あの倒れてる男はオレに似てるな。女の方も音夢に似てるし…


「やっと気付いたのかい?」


声をかけられ振り向いてみると、死んだはずの祖母がいた。

――ばあちゃん?

「何腑抜けた声出してんだい。あんた何も覚えてないかい?」

――覚えてるも何も、これ夢だろ?

そう言うと祖母は深くため息をついて言った。


「はぁ…やっぱり覚えてないかい。あんた、雷に打たれたんだよ。今は病院のベッドの上さ。なっさけないねぇ!」

――情けないって…雷に打たれて平気なわけないだろうが。

「そうじゃないよ。あんた今、植物状態なんだってさ。女の子達に心配かけて…それでも男かい!」

――マジか?じゃオレ、これからどうなるんだ?

「知らないよ。そんなことは自分で考えな。でも女の子が困ってたら、なんとか守るんだよ。いいね」

――ちょっと、ばあちゃん…


純一の視界はぼやけ、意識は覚醒していった。




「うーん…あれ、ここは?病院…?」


起きたようだ。外を見ると、暗い空に雨が降り続いていた。そこで彼は夢の内容を思い出した。

(オレ、植物状態になったってばあちゃんが言ってたな。でも別に普通じゃねーか。何言ってんだか、あのばあさんは)


そんなことを心の中で呟きながら体を起こすと、ベッドサイドには音夢の姿。座りながらうたた寝をしていた。


(音夢、ずっといてくれたんだな…)


そして彼が音夢の肩に手をかけた、次の瞬間――


「うわっ!」


彼の手は音夢の肩をすり抜け、バランスを崩しベッドから落ちてしまった。腰を強打したようだ。


「いてて、なんだ今の…一体…って!!?」


彼は絶句した。立ち上がりベッドを見ると、目を閉じて動かない自分の姿があった。恐る恐る自分の両手を見ると、半分透けていた。


「はは、ははは…まさかねぇ」


そして彼は決定的なものを見てしまった。個室の隅にある鏡…その鏡には病室全 体が映し出されていた。しかし、そこにいるはずの自分の姿はない。鏡に接近し てみるが、映らない。


「おい、待ってくれよ…オレ…幽霊!?違うよな!お ーい、音夢!起きろ!」


しかし、いくら呼び掛けても音夢は起きない。


「マジかよ…」


思わずへたりこんでしまった純一。ちょうどその時、 音夢が目を覚ました。


「ん…寝ちゃって たんだ私…」
「音夢!オレだよ!純一だ!」


しかし、どんな大声を上げても音夢は気付かない。


「兄さん…早くよくなって ね」


ついに彼は叫ぶのをやめた。


「音夢、みんな…オレ、ど うすりゃいいんだよ…」


その場に倒れこんで茫然としているうちに、いつの間 にか眠りに落ちていた。 桜公園の奥地。あまり目立たない場所にそれはあった 。枯れない桜…その中でも一番大きい桜の下に純一はいた。


――また夢かよ。


すると、いきなり後ろから声を掛けられた。


「さっきの様はなんだい?情けないねえ」

――ばあちゃん…情けない ったって、オレ幽霊になっちまったんだぜ?音夢はオレのこと気付かないし…

「確かにおまえの姿は他の誰からも見えないねえ。でも、幽霊じゃないんだよ。 幽体離脱ってやつさ」

――幽体離脱?

「そうさ。おまえの体はま だ生きている…そこから魂だけが分離しちまったんだよ」

――オレ戻れるのか?


一番不安な質問を投げ掛けてみる。


「さぁねぇ。私にも分からない。だけどさっきのあんたみたいに、何もせずにた だ嘆くだけじゃ何も変わりゃしないよ」

――何かするって…

「おっと、もう時間だね。いいかい?自分の進む道は自分で切り開くんだ」

「今までもそうしてきただろう?それと、くれぐれもさくらのこと、よろしく頼 むよ。いいね?」

――よろしくったって…おい!ばあちゃん!


―――― 彼は現実の世界へと引き戻されていった…。




「ふぅ、またこの夢か…な んのつもりだよ、ばあちゃんは」


床から起き上がり時計を見 ると、午前9時。すでに音夢の姿はなかった。外は晴れ渡り、雲一つない青空だ 。


「ばあちゃんは確か…「自分の道は自分で切り開け」 って言ってたな。とりあえず散歩でも行くかぁ」


いかにもかったるそうに言 うと、病室のドアノブに手をかけた…つもりだったが、やはりすり抜けてしまう 。


「どーすりゃいいんだよ。まさか…」


彼は目をつぶり、ドアにゆっくりと近づく。すると、彼の体は見事にドアをすり 抜けることに成功した。


「なんかの映画で見たようなパターンだな。ま、いい か」


そして彼は病院を出て、桜並木 を歩き始めた。道行く人は、純一に目もくれない。やはり見えていないらしい。


「あ〜あ、かったりぃ。朝から散歩なんて、オレも暇だねぇ 」


そんなことを言いながら、無計画に歩くと、いつの間にか学校の前に来てしまっ ていた。


「学校か…みんな元気かな。よし…制服着てるから問 題ないよな」


彼は一人、学校へと入っていった。時刻は9時30分 。1時間目も終わりに近づいているころだ。彼は真っ先に自分のクラスへと向か った。教室のドアの隙間からクラスを覗くと、どうやら芳野さくら教授による、 英語の授業のようだ。


「えーと、ここの英文を…白河さん、訳してみて」


指名されたことりは立ち上がった。


「彼は言った………そう推 測されます」と。です」


難なく答えたことり。


「相変わらずことりはすげえなぁ。そういや、なんで オレ覗く必要があるんだ。自分のクラスだから堂々と入れっての」


彼はドアをすり抜け、教室に侵入した。


「おはよう…って見えてる わけないよなぁ」


そういうと、とりあえず教卓の横に立ち、クラスを見 渡した。真面目に授業を聞いている者、ただぼーっとしている者、挙げ句には寝 ているもの。授業態度は様々だ。


「1日休んでるだけなのに なんか懐かしいな…」


何もすることがないので、友人の授業態度を観察して みる。まずは音夢。かなり真面目に聞いている。環、眞子、工藤、ななこも同様 だ。しかし、明らかに授業を聞かずに、別の研究らしき事をしている男が…杉並 だ。


「あいつは、相変わらず…か」


次に目についたのはことりだが…なにやら落ち着かない様子でキョロキョロして いる。


「あれ、ことり…めずらしいな」


聞こえていないのをいいことに、独り言全開の純一。しかし、そう 言った純一を真っすぐに捕らえる視線…ことりだ。純一もそれに気付く。 「ことり?まさか見えてる…わけないよなぁ」
「朝倉くん!!?」


ことりは弾かれたようにイスから立ち上がった。視線はもちろんこちらに向けた まま。


「どうしたの、白河さん?」
「あ、い、いえ…」
さくらに注意され、恥ずかしそうに座ることり。しか し、目だけは純一がいるほうを向いている。その直後チャイムが鳴り、1時間目 は終了。純一はことりの元へと向かった。ことりは、音夢と眞子と話をしていた 。


「どうしたの?ことり」
「さっき、朝倉くんの声が したような気がして…たぶん気のせいだよ!」


2人に心配をかけまいと、 ことりは笑顔で対応していた。もし自分の声がことりにだけは聞こえているとし たら…?そう考えた純一は教室の隅に行き、ことりに呼び掛けて みた。


「ことり。もしこの声が聞こえているとしたら…今すぐ屋上に来 てくれ。おそらく、ことり以外には聞こえてない。だから1人で来てくれ。頼む 」


そう言って、彼は屋上に向かった。はっきり言って、すがるよう な思いだった。屋上に着いた純一。緊張した面持ちで、ことりを待つ。それから 少しして、チャイムが鳴ったがことりは現われない。さらにそれから5分、10 分…


「はぁ…やっぱ聞こえてないか。帰ろう」


あきらめて帰 ろうとしたその時、屋上のドアが開き、ことりがゆっくりと姿を現した。


「…!ことり!」
「朝倉くん!?どこなの!?」


ことりは周囲を見回している。


「ここだ!ことりの真正面 !」


しかし、ことりには姿は見えてないらしい。


「ほんとに…朝倉くんなの?」
「やっぱ見えないよな…」


彼は自分が幽体離脱してしまった経緯を話した。 「そんで、今日は散歩がてら学校に来たってわけ。病室でじっとしてるのはかっ たりぃからな」
「戻れるの?」


ことりはかなり心配そうだ 。


「うーん、まだ分からない。でもオレが自分の体に入 れた時、植物状態から回復するんじゃないか?」


とりあえず意見を言ってみ た。


「そうっすか。それまで…どうするの?」
「どうするって?」
「ずっと病院にいる?それとも、今日みたいに学校に 来る?」


そこまで考えてなかった純一。


「ああ、そうだな…とりあえず気が向いたときに学校に…」
「もちろん、学校に来てくれるんだよね?」
「え?だから気が…」
「来るんだよね?」
ことりの笑顔が恐かった。


「は、はい…」


結局、魂だけの状 態でも普通に登校することになってしまった。


「よかった!」
「はぁ…かったりぃ…」


純一は盛大にため息をつき 、肩を落とした。