全てを知りし者 第三話
2人は教室へと向かった。
ことりが教室に戻ると、担任、白河暦による、生物の授業だった。彼女はことり
の姉で美人だが、ことりとは対照的に厳しい性格だ。
「白河、大丈夫か?」
「はい、大丈夫です」
この2人は公私混同はしない。しかし絆は深く、内心
暦はかなり心配していた。
「そうか…席に戻れ」
「はい」
ことりは自分の席に着いた。純一はそのすぐ後ろに立つ。が、はっきり言って何
をすればよいのか分からない。授業参観に来た親の気分を密かに味わう純一。が
、ずっと立っているのもかったるいので、とりあえずその場に座り込んだ。
「なあことり。オレ、ここにいる意味あんのかな?やることないような気が…」
するとことりは密かに、純一にだけ見えるように紙を見せてきた。
「朝倉くんが私たちのことを見守っていてくれるだけで嬉しいっすよ」
純一は気恥ずかしくなって、顔を赤らめた。
「よせよ。ま、オ
レは気楽にやってるぜ」
そして静かに立ち上がり音夢の元へと向かっ
た。正面に立ち音夢の顔を眺める。
(いつも一緒にいると分かんないけど…音夢
、なかなか可愛いな)
兄が魅力を再認識していることに気付くはず
もない音夢は、彼の体ごしに黒板を見ている。しかし、そんな音夢の上の天井に
異変が起こった。
――ガタッ。
何やら物音がした
のを感じ、純一は天井を見上げた。なんと、音夢の真上の蛍光灯が外れ、音夢目
がけ落ちてきた!しかし、音夢はまったく気付かない。純一は考えるより早く、
音夢を突き飛ばした。
「きゃあっ!」
音夢はイスから落
ち、正に音夢がいた場所に、蛍光灯が落ちてきて派手な音をたてて割れた。
「な、なんだ!?」
普段は冷静な暦ですら動揺している。クラス
は大パニック。
「大丈夫
、音夢?」
パニックの中、眞子が冷静に音夢に手を差し伸べた。
「あ、あ
りがとう眞子…」
「それにしてもすごい反射神経ね。あれよけるなんて相当よ」
しかし音夢はキョトンとしている。
「え…?誰かが私を突き飛
ばしてくれて…」
「何言ってんの?私が見たのは音夢が一人でイスから
吹っ飛んだところよ」
「…え?」
「大丈夫?」
音夢は正直かなり混乱している。しかし、それ以上に混乱しているのは純一だ。
音夢を取り囲んでいるクラスメートをすり抜け、教室の隅に行くと一人つぶやい
た。
「今、触れた…よな?触れた…」
そんな純一の声を聞いたことりが寄ってくる。
「今の…朝倉くんっすか?」
心配そうにささやくことり
。
「ああ…たぶんな…」
半ば放心状態の純一。そん
な彼にことりがなおも聞く。
「朝倉くん、物に触れるの
?」
「いや、今まではムリだった」
「すごい!今は触れるようになったんだね!」
「いや、ムリだ。現に今さ
っき何人かすり抜けた」
それを聞いたことりは残念そうだ。
「そうっすか…でも、一回できたんだから、またできるよ!」
そう言って微笑むことり。
「そうだといいんだけどな。ありがとな、ことり」
「どういたしま…」
「誰と話しているんだ?白河嬢」
最悪のとき、最悪のタイミングで杉並が話し掛けてきた。焦ることり。
「い、いや、何でもないっすよ!あは、あはは…」
「そうか」
純一の前を立ち去ることりを見て、意味ありげな表情を浮かべる杉並。そして…
「朝倉、か…」
ばっちり聞こえていたようだ。さすがに純一の声まで
は聞こえないようで、その存在には気付いていない…かと思いきや。
「朝倉、お前が幽体離脱とはなかなか洒落ているな。オレにはお前が見えんし、
声も聞こえないがな…ま、せいぜい頑張れ」
そう言ってその場を去った
。
「やっぱバレたか。あいつには絶対に隠せない気はし
たんだよな」
そして音夢の方を見ると、すでに混乱は治まっていた
。そしてそれから程なくして授業は再開し、騒動は終わりを告げた。そして、そ
の日は音夢の蛍光灯事件以外、特に何も起こらなかった。
授業中に時折ことりと
会話(ことりは筆談)するぐらいで、純一にとってはいつも以上に退屈な時間を
過ごした。昼休みも屋上で寝ているだけ。そんなこんなで、瞬く間に放課後。誰
も見ていないことを確認し、ことりは純一にささやいた。
「どうする?帰る?」
「ああ。ひとまず病院にな」
「私、部活があるから…じゃ、また明日ね!」
「ああ、また明日な」
こうしてことりと分かれたが、純一にある考えが思い浮か
んだ。
(そういやしばらくことりの歌聞いてないな…よし、聞き
にいくか!)
音楽室に向かおうとしたその時…
「あれ…?なんだ、この感
じ…体が浮きそうな…って浮いてる!?」
彼の体は徐々に浮き上がり
、天井へと近づいていった。いつの間にか、天井には何かのマークが出現してい
る。
「あれ、魔法陣ってヤツだよな?…吸い込まれる!?
」
そして純一は魔法陣に吸収された。