全てを知りし者 第十一話




大部分の人間は、極度の恐怖に駆られたとき、自分を見失ってしまう。自分がど こにいるかも、何をしているかも、どうすればいいのかも…何もかも分からなく なってしまい、残るのは混乱のみ。自分の身のことのみを考える……大部分の人 間は。

少年…藤田浩之も今、どうしようもない恐怖に襲われていた。理由は簡単、目の 前にいる少女…否、少年。獣のような殺気を放つが、氷のように冷たい表情。瞳 は常人のそれではなく真っ赤に輝き、まるでルビーのよう。


「あ…お、お前…」


突然豹変した友人に声をかけようと口を開く浩之だが 、限りなく思考力が0に近い頭では、まともな言葉は口から出てこなかった。そ んな状態では、今の状況を考えることすらままならないだろう。


「…オレは…」


無表情のまま、口を開く純一。もちろん殺気は保った まま。目の前の浩之をまったく意識していない様子だ。


「ようやくだ…長かった…」
「お、おい…どうした?」


純一が言葉を発したことで多少の理性は取り戻せたらしい…明らかにパニックに なりながらも、浩之は恐る恐る声をかける。


「だ、大丈夫か?」


今の彼にはそれが精一杯だった。しかし、返ってきたのは…いや、返したかどう かも分からないが、浩之には到底理解できない内容だった。


「…目覚めた…最高の力が…」
「な、何言ってんだ、お前…」
「感謝するぞ、藤田浩之。貴様のおかげでオレは本来の姿に戻ることができた」


浩之を冷たい目で見据えながらも、威圧的な雰囲気を醸し出す純一(外見美少女 )。唖然とする浩之に、純一はなおも続ける。


「この力をもってすれば全て思い通りにできる…破壊、創造…オレに敵はいない …」


突拍子もないことを言う…というより信じられるはずもない言葉だが、浩之には 否定できなかった。目の前の人物からは、素人にも感じ取れるほど強い殺気と魔 力が感じ取れた。


「全てを…?」
「ああ、そうだ。例えば…そうだな。レベルは低い話だが、お前を生かすも殺す も…この学校の存在も、オレの思い通りにできる…片手で十分だな。どうだ、試 してみるか?苦しまずに殺してやるぞ?お前も来栖川芹香もだ。この力を試すに は少々下らないがな…」
「…んだと…?」


浩之は、自分の中に恐怖とは別の感情が湧いてくるの を感じた。人の命を、まるで物であるかのように、冷たく言い放つ純一。下らな いとまで言った。相変わらず殺気は放たれ、冷たいオーラは強くなっていが、浩 之には許せなかった。

自分はまだしも、芹香を、そして自分の知り合いたちをも 殺す。まるで食事にでも誘うかのような軽い口調でそんなことを言ってのける純 一が。たとえ正気を失っているかもしれなくても。


「てめぇ…今なんつった?」


怒りに震える自分を必死に抑え、低い声で純一に尋ねる。が、当の本人はどこ吹く風。


「オレが悪いこと言ったか?」
「…冗談なら今すぐ取り消せ。それなら許してやる」
「許す?別にお前に許して もらうことなんてないんだがな」
「ふざけるなよ。オレのことなめてんのか?」
「甘く見てるわけじゃない…むしろオレに喧嘩を売る身のほど知らずなお前に、 軽い尊敬を覚えてるぞ?お前のような男は、十分に遊んでから殺すのがふさわし いと思ってな」


あまりの身勝手な言い草に、ついに浩之の怒りもピークに達した。


「てめぇ…!おらぁぁ!」


掛け声と共に、勢い良く殴りかかる。が、無駄な動き はない。右拳を最短距離で、なおかつ自分ができる最速の動きで純一の顔を狙う 。それは、一直線に純一の顔を狙い…鈍い音を残し、純一の顔面にクリーンヒッ ト。食らったほうは吹き飛び、きれいに仰向けに倒れた。


「どうだ!?あぁ!?」


勝利を確信したらしく、倒れている純一に指を向けて 挑発する浩之。確かにあれだけ派手に吹き飛べば、立ち上がれないと思うだろう 。しかし…


「よっと」
「な、何!?」


何事もなかったかのように跳ね起きる純一。ダメージどころか顔にアザの1つも ない。やったほうは驚かずにはいられなかった。


「な、なんで…」
「いいパンチ持ってるじゃないか。なんか格闘技でも かじってるのか?パワーもスピードもなかなかだな…まだまだ荒削りだが」


殴られて吹き飛んだというのに、ダメージというダメージがまったくなく、むし ろ嬉々として話す純一。


「まぁ、鍛えればなんとかなるレベルだが…残念だ。お前は今ここで死ぬのだか らな!」


一言叫んだ…と浩之が認識したと同時に、純一の姿が掻き消えた。そして次の瞬間。


「どうした?反応できてないぞ?」


純一は見事に浩之の懐に潜り込んでいた。


「くっ!」


気付いてから膝蹴りを放つ浩之だが遅すぎた。入ったのは純一のボディブロー。 カウンターになってしまい、たまらず浩之は膝をついた。


「がっ……ぐ…が…」


激しく悶絶する浩之を見下ろし、冷酷な笑みを浮かべ る純一。その赤く輝く瞳は、心から楽しんでいるように先程よりも激しく輝き、 まるで燃えているかのようだ。


「苦しいだろう?急所、鳩 尾…横隔膜を麻痺させることで、呼吸自体が苦しくなる…知らないわけじゃない だろ。焦ってガードを開くからそんなことになるんだ」
「ぐ……くか…はぁっ…」
「苦しすぎて意識がはっきりしているだろうな。安心 しろ。今地獄から解放してやる」


そう言って彼が右手を出すと、その掌に燃え盛る炎が浮かんだ。


「無詠唱だと威力は落ちるが、お前を焼き殺すのには十分だ。痛みは一瞬。超高 熱だ。一瞬でお前を焼き尽くしてくれる。遺言は…いや、その様子だと何も言え そうにないな。悪いが無しだ。案ずるな、来栖川芹香もすぐにそっちに行く」
「くっ、くそ…」
「さらばだ藤田浩之。自分の不運を呪うがいい」


そして右手を高く上げ、何 のためらいもなく振り下ろした。その炎は勢い良くまっすぐに、浩之を目指す。


(オレは…死ぬのか?死ぬ…みたいだな。考えてみれば、いろんなことあったな …あかり…雅史…志保…みんな…今までありがとな…お前らは死ぬなよ…)


彼の脳裏に、今までの記憶。そして友人たちの顔が浮かぶ。そして覚悟を決め、 目を閉じる。


(じゃあな…ごめん)


心の中で友人たちへ詫びな がら、炎を待つ…しかし…体を焼く炎はいつまでたっても到達したように感じな い。


(…あれ?まさかもう死んだのか?意外と痛くないん だな…それに、なんか体が浮いてる感じに…)


いつの間にか自分を包む感覚に疑問を覚えつつ、恐る恐る目を開けると、そこに は…


「へ…防…か。なか…線行っ…ぜ」


相変わらず威圧的な純一の 声。しかし浩之の耳に届くのはぼやけた声と、目に入るのは変に歪んだ純一の姿 。そして自分の体は何かに包まれて、床から10センチほどの所に浮かんでいた 。


(な、なんだこれ!?)


腹部はまだ激しく痛むが、純一が言ったように意識ははっきりしている。必死に 今の状況を理解しようとするが、今の彼にとってはその範疇を越えていた。

まる で、水が意志を持ち、自分の体を支えているかのような感覚。そんなうちに、目 の前の純一の姿が徐々にはっきりしてきて、声もクリアに聞こえるようになって きた。そして、完全にはっきりしたとき…自分に背を向ける純一が、1人の少女 と対峙していた。


「せ、せん…ぱい」
「おっ。防御魔法の効果は 切れたみたいだな。まぁ、しばらくは動けないだろ…お前に人の死というものを 見せてやる」
「や、やめろ!…うぐっ…」


芹香を守るために立ち上がろうとする浩之だが、腹部の痛みに顔をしかめて再び 膝をついてしまう。


「おとなしくしていろ。お前はただ見ていれば…おっ と」


言葉を切り、純一は芹香を牽制する。見れば芹香は、 魔法を唱える態勢に入っていた。が、純一に気付かれて固まってしまう。


「まったく、お嬢様だってのに油断も 隙もないな。お前はおとなしく死んどけばいいんだよ!」


そう叫ぶと 彼は再び動く。何の前触れもなく芹香との距離を一瞬で詰める。


「せめて一 撃で殺してやる!」


そしていつの間に準備したのか、炎を 纏った拳を構え、芹香に放とうとする。が…


「…!」


こちらもいつ準備していたのか、芹香は迷わず呪を解き放った。 「ちっ!」


軽く舌打ちして、純一は芹香の手から放たれた消防車のホースほどの威力があろ うかという水柱を横に飛んでかわす。しかし芹香の攻撃は止まない。その手を左 …純一が避けた方に振り、彼を逃がさんとする。


(行けるぜ先輩!)


心の中で勝利を予感する浩之だったが、その考えが甘いことにはすぐに気が付い た。浩之は見たのだ。明らかにピンチだと思われる純一の顔に…笑顔。それも余 裕の笑みだった。


(なんだ、あいつ…まさか楽しんでるってのか!?オレの時と同じだ!)
「まずい!逃げるんだ先輩!」


激しい腹痛をこらえつつ叫ぶが、芹香に届くことはなかった。そして、水は純一 に直撃したかに見えたのだが…


「…!?」


何事もなかったかのように立つ純一の姿が。思わず唖然とするのは芹香。


「…不思議か?あれしきでオレを倒そうと?甘いな。お前の魔法など、子供の遊 びのようなものだ。オレと戦いたいなら、せめてこれぐらいはやってくれないと 困る」


そう言うと純一は、無造作に右手を振った。すると、先程の芹香とは比べものに ならないほどの太さと強さの水が。その攻撃になすすべもなく芹香は吹き飛び、 入り口のドアに叩きつけられた。


「せ、先輩っ!!」


    地面に崩れ落ちた芹香に呼び掛ける浩之だが、ピクリとも反応しない。激痛に耐 えつつ立ち上がり、芹香のもとへ駆け寄る。純一はそれを楽しそうに見ているだ けで何もしない。


「先輩!起きてください、先輩!」


仰向けにして呼び掛けるが、芹香の顔には生気がない。気絶…もしくは、最悪の 事態も考えられた。


「起きろって!」
「水属性を持っているなら今の攻撃で死にはしない。気絶してるだけだろう。可 哀相なことをした…雷で殺すべきだったな。一撃の慈悲というものだ」
「あ、朝倉…!目を覚ませ!今すぐやめるんだ!」
「何を言っている。今目が覚めたところだ。これこそ、この力こそ、本来のオレ の姿なのだからな」


浩之の一縷の望みも断ち切られた。彼(彼女?)は何 のためらいもなく自分達を殺すだろう。芹香の登場によって状況は打破されるか に見えた…しかしそれは幻想、理想。この力の前ではあまりに無力だった。


「ち…ちくしょう…」
「悔しいか?」


いつの間にか、浩之は純一に見下ろされる格好になっていた。


「悔しいだろうな。お前の気持ちは手に取るように分かる…悔恨、憎悪、恐怖、 混乱…お前の頭はそれでいっぱいだろう?最後は力が全てだ。強い者は生き、弱 い者は死ぬ。それこそ自然の摂理というものだ。お前はオレより弱かった。来栖 川芹香もな。だから敗けたんだ。敗北、すなわちそれは死。単純明快だ。そして それが、オレの望む世界だ。友人として、お前にそれを見せてやれないのは惜し いが…まぁ、あの世でこの女と仲良く見物していてくれ」


純一の勝ち誇った表情を見て、今度こそダメだ、と浩之は絶望した。というより は諦めだ。もうこれ以上誰かが来るはずもなく、来たとしても純一に対抗できる 力を持つ者などそうはいないはずだ。

格闘術ではこの学校内で浩之より強い者は 数人いるが、肝心の魔術はからっきしだ。魔法に関しては、芹香の右に出るもの などいるはずもない。浩之にはまだ魔力がある分いいものの、まったくの素人で は危険すぎる。この時浩之は、自分でも説明できないほどに吹っ切れていた。


「あーあ…こんなに早く死ぬなんてな…ま、楽しい人生だったけど」
「…覚悟を決めたか。いいことだ。戦闘力といい、なかなかいい戦士だな」
「今更誉めてくれたって嬉しくねえっての。ったく…お前の正体が分かんなかっ たのが悔しいけどな。得体も知れないやつに殺されたなんて、なんか後味悪いぜ 」
「正体、か…確かにこれは仮の体だしな。自らのことを話すのは最低限の礼儀か …よし、いいだろう。オレは…」


ついに本人の口から、今回の事件の真相が語られるかというとき…純一の体が一 瞬揺れたかと思うと、そのまま崩れ落ちた。純一は驚いたなどというものではな い。


「なっ…!?」


そして、彼が倒れたその後ろには…気絶している魔術師にそっくりな少女が。 「何をやってるの…?」 彼女はまさに、浩之と芹香にとっては救いの女神だっ た。