全てを知りし者 第五話



彼、朝倉純一が気付いたとき、そこは彼の良く知る場所だった。


「う…ここは…オレの部屋?いきなりこんなとこに飛ばされたのか…」


彼は自分の部屋のベッドに横たわっていた。ふと時計を見ると、時間は午後6時 。体を起こそうと力を入れてみる。が、憑依の後遺症が残っていて、体は今だに 言うことを聞いてくれない。そんな自分に歯痒い思いを感じるが、今はどうする こともできない。


「あの本になんか書いてあるはずだな。今度召喚され たから見てみよう」


今度召喚される保障はない。今日召喚されたのも、実 験の失敗だということだった。しかし彼はなんとなく、また召喚される気がした 。自分でもなぜかは分からない。しかし、これは予感ではなく、むしろ確信に近 いものだった。


「あ〜あ、かったりぃ。このまま寝ようにも眠れない しな…」


脱力しているとはいえ、まだ6時。眠れるわけはない 。その上元々、早寝習慣がなかった。


「動けるようになるまで待 つし かないか…」


とりあえず何もせずに待つことにし、見慣れた天井を眺め ていた。5分経過。指が動くようになった。10分経過。首が動くようになった 。15分経過。弱いが全身に力が入るようになった。そして20分後、完全復活 。


「よっしゃ。大体治るまでは2、30分か。憑依は使いど ころ間違えたらやばな。早いとこ物に触れるようにならなきゃな」


意気 込んだはいいものの、今日の彼にそんな体力と精神力は残っておらず、とりあえず おとなしくしておくことにした。部屋を出て1階に向かう。しかし音夢の姿は見 当たらない。


「どこ行ってんだか。委員会にしても遅いな…」


以前 はこんな心配することは少なかったが、魂だけになった今はなぜか心配。


「ち ょっと行ってみるか」


家を出て学校への道のりを歩き、学校に到着。校舎内に入 り、音夢が行きそうな所を見て回ったが、発見できない。結局あきらめて病院に 向かった。


「そういえばこの病院、眞子んちの病院な んだよな。やっぱあいつすげぇな…」


少しの間歩き、辿り着いた病院を見上げつ ぶやく。感心しつつ病院に入り、病室のドアをすり抜けると…なんとそこには音 夢の姿があった。目を覚まさない純一に話を聞かせている。


「…それで、いき なり誰かが私の体を押してくれたんですよ。でもみんなには私がよけたように見 えたらしいんです。不思議ですよね?」


実は純一の仕業だと いうことも知らず、不思議そうに話している。そんなとき、彼の頭にある考えが ひらめいた。


(待てよ…憑依…自分に憑依すりゃ戻れるんじ ゃないか?よし、やってみよう!)


思い立ったらすぐ行 動、彼は自分の体の横、音夢のすぐ横に立ちじっと自らの脱け殻を見つめた。そ して息を止め、ゆっくりと重なる。すると、徐々にあの時に味わった感覚が広が ら…なかった。ただ重なっているだけで、何の感覚もないのだ。


「あれ…?おかしいな。もう一度…」


何度も繰 り返すが結果は同じだった。


「やっぱ簡単には戻れないのか…い つになったら戻れるのやら…かったりぃ」


静かに兄の顔を見つめている音夢。 その音夢の顔を見つめ返す純一だが、音夢がその視線を感じることはない。そし て純一も、音夢だけでなくことり以外とは心を通わせることはできない。


「待つしかないのか、なにか別の方法は…」


考えても思 いつくはずはなかった。


「ま、今度来栖川先輩に聞きゃあいい か…って、音夢!!?」


一人物思いに耽っているうちに、なん と音夢の顔が目の前に。もちろん彼は彼自身の体に重なったままである。


「兄さん…」


そうつぶやくと、音夢は唇を重ねてきた。呆 然として動けない純一。もちろん、唇の感触はないが。そのまま時間は経過する 。1分、いやもっとだろうか。音夢が顔をはなした。その顔は恥ずかしさからか 、少し赤い。


「 兄さん、また来ますね…」


そして音夢は帰っていった。


「あ、あ…」


部屋には今だに何が起こったか分からない様子の純一 のみが残された。


「ね、音夢…あいつ…」


相当驚いていたらしい。彼 にとって、その刺激はあまりにも大きすぎた。だが憑依の疲労も手伝って、しば らくしてから眠りの世界に旅立った。