全てを知りし者 第六話
彼女、白河ことりは朝から悩んでいた。あることを皆に打ち明けるか否か。朝起
きてシャワーを浴び、自分のやはり悩み続けていた。その後、姉が先に家を出て
、自分は少し経った後、自分も家を出て学校へと向かうが、その途中でもやはり
悩む。
無理もない。これはかなり大事なことだ。自分の大事な人に起こっている
大事件…しかし、それを信じてくれる人がいるのか?あまりに非現実的すぎる現
実、幽体離脱…説明するにしてもどう説明すればよいのか。迷う。
「白河せんぱ〜い!おはようございま〜す!」
後ろから元気な声をかけら
れ、驚いたように振り返ることり。そこには天枷美春の姿。
「あ、おはよう、天枷さん」
悩みながら歩いていたため、その動揺が伝わったのだろう。美春が?というよう
な顔をする。
「どうしたんですかぁ?白河先輩?元気ないですよ」
「そんなことないよ!さ、行こう!」
「はい!」
元気な美春を見て、ことりの心は変わった。落ち込んでいるばかりでは何も変わ
らない。打ち明けるか打ち明けないかは、純一に聞いてからでよいだろう。それ
まではいつもと変わらずにいこうと決意した。
「天枷さん、朝倉さんは?
」
「音夢先輩、家に行ったらいなかったんです」
「そうなんだ…」
学校に行く途中、様々な友達と会った。水越姉妹、さ
くら、環、ななこ、工藤に杉並。
「今日は風紀委員の当番じ
ゃないのに…音夢先輩になにかあったんでしょうか?」
心配で仕方ないといった様子の美春。そんなうちに、学校に着き校門を通った直
後、なにやら背後から音が…
「はぁ、はぁ…遅刻〜!」
振り返ると音夢が全力で走ってくるところだった。
「音夢せんぱ〜い!!」
「ちょっ…やめなさい、美春!」
美春、音夢に強烈なタック
ル。音夢は逃げようとじたばたするが、美春のロックは固い。
「それにしてもどうしたんですか?家にいったらいなかったじゃないですかぁ!
」
抱きつきながら聞く。
「いや、ちょっと病院にね
…」
「病院?あぁ、朝倉先輩のことですね!朝からラブラ
ブなのですねぇ〜」
美春が大声でしゃべるので、周囲の視線を一身に受け
る音夢。どうすればいいか分からず、ことりは苦笑いを浮かべる。
「それどころじゃないわよ!遅刻よ、遅刻!風紀委員が遅刻なんてシャレになら
ないって!」
「なに言ってるんですか?まだ8時15分、余裕です
よ」
「へっ?」
驚く音夢。相当焦っていたのだろう。安心した音夢を
加えた3人は学校へと入っていく。音夢とことりは2年の、美春はアリスと共に
(昇降口で遭遇した)1年の教室へと向かった。ことりが教室に入り、自分の席
に着くとすぐにあの声が聞こえてきた。
「おはよう、ことり」
「おはよう、朝倉くん」
ことりも小声で返す。
「そのままで聞いてくれ。
実はきのう、ことりの部活に行こうとしたんだ」
「えっ!?来てたの?」
驚きを隠せずに、思わず大声を出しかけるが、純一がたしなめる。
「落ち着けって。行こうとしたらどっかに飛ばされて…」
「ご、ごめん…それで飛ばされたって?」
「いきなり体が動かなくな
ってそれで…」
芹香と浩之のところに飛ばされた経緯を話した。
「そうだったんだ…それで、どうしたの?」
「こっからが本題なわけ!
その来栖川先輩ってのが魔術に詳しくてさ。色々教えてもらったわけ。その一つ
を後で見せるよ。今はできないんだけどさ」
「え?何?」
興味津々のことり。
「うーん…「憑依」って分かるか?」
「ひ、憑依…?」
聞き覚えのない言葉に、ことりは目を丸くする。
「そ、憑依。手っ取り早く言えば、誰かに体を借りるって感じかな?」
彼の説明を聞き、ことりはさらに興味がわいてきたらしく、目を輝かせている。
「へぇ〜、すごいね。後でやってみせてよ!」
「でも、誰が実験台に…進
んでやりたいやつなんていないだろ?」
「そうだけど…」
ことりは少しがっかりした様子だ。しかしその時純一が思いついたように声を上
げた。
「杉並…そうだ、杉並だ!」
「どうして?」
「今まで振り回されてきたからな。少しくらいは協力
する義務があいつにはある」
いかにも説得力がありそう
な言葉だが、はっきり言ってかなり身勝手な提案である。しかしことりは納得。
話し合いの結果、今すぐに実行することになる。
「よ〜し、見てろよ…」
そう言って自分の席に座っている杉並の真前に立つ。
「行くぞ、杉並…」
手順どおりにした後、杉並にゆっくりと重なった。すると、あの感覚…体が包ま
れるような感覚。彼は見事、杉並の体を乗っ取ることに成
功した。まわりを見れば特に不自然な動きはなかったらしく、誰も自分のほうを
向いていない。ゆっくりと席を立ち、ことりのほうへと歩み寄る。
半信半疑といった表情のことり。
「杉並君…?」
「ことり、分かるか?朝倉だよ」
小声でささやく。
「ほ、ほんとに…?」
やはり簡単には信じられらいだろう。
「これが憑依。人だけじゃなくて、動物とか、物とか…何でもできるらしい。た
だし、自分の体はまだダメだったけどな。」
説明する彼の背後に迫る存
在に気付かずに、2人は話し続け…
「何がダメ?」
眞子だ。
「な、何だ、ま…水越」
明らかに焦る。普段の杉並とは違う反応に、眞子が疑いの目を向ける。
「なんかおかしいわね。ことりとふたりっきりで話すなんて滅多にないじゃない
?あんた…なんか隠してない?」
図星。杉並はことりとふた
りっきりで話すことは少ない。というかない。
「何でもないよ、水越さん
!ちょっと話があっただけだから!」
ことりもかなり焦っている
。
「そう。ま、こいつには気を付けてよ。油断してると
危ないわよ」
「あ、ありがとう」
それ以上の追求はなかった
が、正直危ないところだった。眞子が去った後、ことりがささやく。
「早く抜けたほうがいいよ。確実に疑われるから」
確かにそうだ。純一に杉並
の真似をする自信はなかった。
「わかった。すぐ抜けるよ
」
そう言って憑依を解除する純一。その途端杉並は、夢
から覚めたようにはっとなり、
「ん…?なんでオレがここに?」
周囲を見回し席に戻
る。
「す、すごい…」
ことりは改めて驚く。しかし純一はその場に倒
れてしまっていた。
「…やっぱめったにやるもんじゃない…」
それに気付いたことりが、
心配そうに声を掛ける。
「へ、平気?朝倉くん?」
全然平気じゃない。
「動けないよ。あと20分はこのままだな」
ちょうどその時、ことりの
席に環がやってきた。何か話があるようだ。
「おはようございます、白
河さん」
「あ、おはよう胡ノ宮さん」
「朝から申し訳ないのですが…」
「なに?」
「昨日から、白河さんのまわりに、異様な気配を感じるんです。悪霊である可能
性は低いですが、疑いがある以上、何らかの策を講じたほうがよいと…」
心
配そうに言う環と、それを聞くことり。そんな中、誰にも気付かれずに興奮する
男。純一が横たわっている場所はことりの机の真前。そして環が立っている場所
も、同じ。ということは…
(た、環…)
そ
んな純一に気付かず(気付くはずないって)ことりと話し続ける環。
「
どうしますか?厄払い、して差し上げましょうか?」
「
あ、えーと…」
純一にとってはピンチ。厄払いされるとどうなるのか、
想像もつかない。男としての思考を捨て、危険に立ち向かう。
「
頼むことり!やめさせてくれ!」
素で焦る。その声を聞いたこ
とりは、平静を装って答えた。
「あの…気持ちはうれしいん
だけど、まだいいよ。何かおかしなことがあったらお願い
するよ」
「そうですか…十分お気を付けくださいね」
「あり
がとう」
いつバレるかとはらはらしていた純一だが、ついに環が核心
に迫る発言を…
「でも、実はあまり心配する必要ないと思うんです。白河さ
んのまわりに集まっている気配は…」
「おーい、席に付けー!」
言い掛
けたときに、チャイムとともに担任の暦が入ってきたため、話は途切れた。
「それでは、白河さん。くれぐれもお気を付けて」
そう言うと、環は自分の席に戻っていった。
「危なかった…なあことり
、環、わかってたと思うか?」
「分からない…でも、朝倉
くんがおとなしくしてないと、いつバレるか分からないよ?」
「気を付ける」
しかし、2人はこちらを見つめる環の視線には気付
かなかった。
「あの気配はやはり…朝倉様の…」
そんな環を見て、席が近い音夢が尋ねた。
「どうしたの、胡ノ宮さん
?」
「い、いや、なんでもないです」
そのまま特に事件もなく(純一は思ったよりすぐに復帰できた)、午前は終わっ
た。そして昼休み。ことりはいつも通り、屋上でみんなと一緒に昼食を取ること
にした。もちろん純一も一緒だ。弁当を持ち屋上に行くと、すでに美春とアリス
は来ていて、美春がバナナのすばらしさをアリスに熱弁しているところだった。
「すなわちですねぇ、バナナは…」
明らかに困っているアリス
。そんな中、ことりと目が合った。
「あ、白河先輩」
「こんにちは、2人とも」
「こんにちは、白河先輩!」
「ちょうどよかった。白河先輩にもバナナのすばらしさを…」
ことりをも巻き込みそうになったが、音夢や眞子らの登場により話は打ち切られ
た。そして昼食を食べおわり休憩しているとき。環が朝に続きことりに近づく。
「白河さん。朝の話の続きなのですが…」
「えっ?」
環は周囲を見回す。幸い杉並と眞子が格闘しているおかげで、誰もこちらを向い
ていない。
「白河さんを取り巻く気配ですが…朝倉様のものと思
われます」
「…へっ?」
思わず気の抜けた返事をし
てしまう。
「ど、どういうこと?」
「なんとなくなのですが…
白河さんのすぐそばに、朝倉様がいらっしゃる気がして…」
純一とことりは唖然としていた。
「今もいる気がします」
ことり、パニック寸前。この状態で環の心を読むことは難しかった。
「2人とも、何やってるの?」
そこに加え、眞子。いつの間にかケンカを終え、彼女が寄ってくる
のを皮きりに、全員こちらに注目してしまった。
「なんでもな
いよ!あはは…」
彼女のいつもと違う様子に気付いたのか、眞子が聞いてくる。
「今日のことり、なんか変だよ?朝は朝で杉並と話してるし…」
「ちょっと待て。オレは白河嬢と話してなどいないぞ」
杉並が抗議するが、
「え?あんたボケてんの?二人で話してたじゃないの
。ね、ことり?」
「え?あ、うん…」
眞子は止まらず、ことりの
返答もなんとも歯切れが悪い。
「ことりあんた、なんか隠
してない?」
そろそろことりも限界に近づいていた。
「い、いや別に…」
「怪しいなぁ…」
さらに探りを入れてきそうになったその時。一瞬眞子は無表情になり、いきなり
態度を変えた。
「ま、色々あるよね。なんかあるんだったら相談して
ね!」
「え、あ、ありがとう…」
一瞬驚いたことりだったが、
納得した。純一の仕業だ。結局その場はそれでお開きになり、純一はチャイムが
鳴るのと同時に眞子の体から抜け出した。
「えっ?私何やって…」
「
どうしたの眞子?」
「え、あ、いや、その…」
口籠もってしまう。
「
もう。しっかりしてよね!」
「う、うん…(私、どーした
んだろ?)」
釈然としない眞子を連れて、一同は屋上を出た。しかしことりはみんなにはバレ
ないようにすぐに引き返し、そこにいるであろう男に呼びかける。すると、テン
ションの低い声が。
「朝倉くん!?大丈夫?」
「うーん、ことりか…なん
かさっきより重症だよ…」
声には元気がない。
「オレは回復してから行く
から、ことりは先に行っててくれ」
「でも…」
「ことりに迷惑かけるわけにはいかないしな。遅刻したらまずいんじゃないか?
次、暦先生の授業だろ」
以前暦の授業に遅刻した純一は、生物室に監禁され暦
の新薬の実験台にされた。その結果、3日間学校を欠席するはめになった。妹に
対してそんなことをするとは思えないが、とりあえずは遅れないほうがよいだろ
う。
「わかった…行くね。待ってるからね」
そう言うと、ことりは姿を消した。
「ふぅ…」
一息ついてみるものの、全身の脱力感は消えない。やはり
先程杉並に取りついた時よりひどい。
「かったりぃ」
一言
つぶやくと、そのまま眠りに落ちた。