全てを知りし者 第八話
純一とことりが桜の木の下
で話しているちょうどその頃。彼女、来栖川芹香はいつものように魔術の研究を
していた。
今日の本は攻撃に関する魔法。手から炎や雷を出すなど、かなり物騒
な内容だが、その本を食い入るように見つめている。そして少しの後杖を手にし
、何事かつぶやくと、杖の先から弱いながらも光が。どうやら初めて成功したら
しく、嬉しそうな表情を見せた後、光を消した。
魔法といっても誰しもが使える
わけではない。魔力を持った人間がのみが使えるのだ。魔法には属性というもの
があり、火、水、雷、氷、土、風、光、闇、聖、魔、時、無の12がある。魔術
士が扱える魔力も限られている。ちなみに、自分の属性以外の魔法も使うことが
できなくもないが、その効果は
低い。
ちなみに芹香は水と光属性を持っている。芹香の知るかぎり、自分の周囲
で魔力が確認されたのは2人。
2つ下の後輩、姫川琴音。
そして密かに想いを寄
せる男性、藤田浩之。
琴音は無、浩之は氷、風。
その他にも疑わしい人物は多い
。浩之の幼なじみ3人や、後輩格闘少女。自分の一つ下の妹などその他にもいる
が、これは異常だ。いくらなんでも多すぎる。
しかし、それ以上に気になるのは
、この前出会った純一のまわりに集まる異様な魔力である。とてもじゃないが、
人間では考えられない。魂だけだと強力なのだろうかなどと考えながら魔導書を
めくっていると、後ろから声をかけられた。
「来ましたよ、先輩。今日もや
るんですか、召喚」
「…」
「え?今日はやりません?そう
ですか」
「…」
「すいませんって…謝んなくたっていいですよ。今日
は何やるんですか?」
部屋を見回すが、特に何かやる雰囲気はない。
「…」
「え?今日は実戦的な魔法をやるんですか?それで、
オレに助手を…って、危ないんじゃないですか!?」
絶対危ないだろう。魔法の
知識はまったくといっていいほどない浩之だが、直感的に自分の身に迫る危険を
感じ取っていた。
「…」
「防御魔法をかけますって
、やっぱ危ないんじゃないですか!…って泣きそうな顔しないで下さい!」
「…(やらなきゃ…泣きます…)」
「分かりました、やります
!やりますから!」
今にも泣きだしそうな顔になっていた(普通の人には分からないほどの変化だが
)ので、焦る浩之。
「そ、それで、オレは何をすればいいんですか?」
「…」
「何やってるんです?」
問答無用で浩之に水と光属
性の防御魔法をかける芹香。
「ちよっと…先輩!?」
焦る浩之をよそに、芹香は高速で呪文の詠唱を開始していた。
「…、…、…!」
そしてそれが終わると、杖の先からとんでもない勢い
で水が吹き出し、浩之を襲う。
「えっ?えっ!?ぐわぁっ
!!」
水流に流され壁に叩きつけられるが、防御魔法のおか
げで大した被害はなかったものの、驚きは半端じゃない。
「ちょっ…先輩!いきなり何を…ってまたぁ!!?」
浩之に光属性の弱い魔法が
襲うが、光の防御魔法を張っているので無効化される。
「先輩、ストップ!ストップ!」
「…?」
「マジで勘弁して下さいよ!死にますっ
て!」
「…」
「低級の魔法だから平気って…そーゆー
問題じゃないんですよ!」
「…(すいません)」
「うっ…」
潤んだ瞳で見つめられ、一瞬身動きがとれなくなった浩之。
「と、とにかく!いきなりやるのはやめてください!死にます!」
「…(はい)」
「分かればいいんですけど…それより、さっきの魔法
ってどうやって打ったんですか?なんか本格的なやつ来ましたけど…やっぱオレ
らみたいな一般人にはできないですよね?」
めずらしく、魔術に興味が
ある仕草を見せる。
「…」
「え?できる?」
こ
くこく。
「すげえ!教えて下さいよ!」
「
…」
「条件?それって…?」
「…」
その条件とはこうだった。一つ、必要以外の時は使わないこと。二つ、練習は自
分が見ているところでやること。
「それだけ?」
こくこく。
「分かりました!じゃ、さっそく…どうすればいいで
すか?」
意気込んでみたのはいいものの、はっきり言ってどう
すればよいかは分からない。
「…(集中は絶対必要です
。あとはイメージと、呪文を唱えれば…)」
「え?それだけでいいのか
?」
こくこく。
「よーし、やってみようか
…」
先程芹香が手にしていた魔導書を拾いあげると、適当にページをめくり、呪文を
唱えはじめた。
「世に渦巻く暗黒よ、全てを消し去れ!」
そう叫ぶが、何も起こらない。
「え?失敗?」
こくこく。
「失敗か。ま、最初からうまくいくもんじゃないよな
!え?属性?」
浩之は芹香から、属性について初めて聞かされた。
「そうだったのか…」
「…(浩之さんがやろうとしたのは、闇属性の究極魔
法です。究極魔法は、その属性がなければできません)」
どうやら簡単ではないようだ。
「そうなのか…オレの属性
は氷と風だから…」
そう言って先程の本をめくり、お目当てのページに行
き着くとなにやら唱え始めた。
「吹き荒ぶ風よ、我が身に
纏われ、我を守れ。ウィンド・カーテン!」
すると、僅かながら風が吹
き、浩之のまわりに弱い風の壁ができた。
「おぉ!やったよ先輩!」
芹香も驚きの表情を浮かべている。
「じゃ、次は氷を…全てを
凍らせしその力。今こそ…吹き付けよ!」
すると、どこからか冷たい風が吹いた。部室内の温度が一気に下がり、かなり寒
い。
「…」
「寒い?オレもです…」
「…(じーっ)」
「すいません…調子に乗って…どうにかしろったって
…オレの属性、氷と風ですよ?確か反対属性は使え無いんじゃ…」
「…」
「え?寒いから帰るって?分かりました。帰りましょ
う」
部屋を出ると相当暖かく感じた。
「…」
「分かってますって!使いませんよ」
「…(あの氷の魔法は、極めれば人を楽々殺せる力はあります。魔法は恐ろしい
ということを、絶対忘れてはなりません)」
「…えっ?そんなに…ヤバ
いんですか?」
「…(ええ。くれぐれも気を付けてください)」
「は、はい、分かりました」
釘を刺された浩之は、芹香からの条件を守ろうと心に決め、家路に着いた。