全てを知りし者 第九話



純一が幽体離脱してから1 週間が経った。教宅にぶつかった事件からは特に事件もなく(純一が着替えを覗 き、それをことりに怒られた、というのが何回かあった)、純一とことりにとっ ても、まわりの何も知らない人たちにとっても平和なものだった。

だが、純一に は気掛かりなことがあった。芹香と浩之から召喚されないのだ。あの時芹香は、 「また召喚する」と言っていたはずだ。やはり召喚には手間取っているのだろう か?この前の召喚は、実験の失敗だと言っていた。

そのせいで、なかなか召喚で きないのか、それともする気がないのか。不安と期待を抱きつつ、今日も過ごし ているわけで…


「あ〜あ、かったりぃ」


そんなことを言いながら下 校しているわけだ。


「今日も召喚されなかったな…」


ここ最近はそれば かり考えていた。しかしここ最近は、様々な楽しみ方も見つけていた。例えば憑 依。野良猫に憑依し猫の気持ちを味わったり、小鳥に憑依して空を飛んだことも あった。この状況を楽しんでいる自分が嫌になったりもするが、楽しみがないと やっていられない。そう思わなければますます憂欝な日々になると、純一は思っ たのだ。


「さてと、帰ったらとりあえず寝て…ん?あれは…」


大きく伸びをした 純一の目線の先には同じクラスの不良、白根がいた。普段なら気にも止めないが 、何か焦っているのを見て気になったのだ。それも、あたりを見回しながら。だ が、何かを楽しみにしているようにも見える。


「なんだあいつ… ?挙動不審者だな」


不審に思い、後をつけてみた。しばらく歩いた後、白根は純一と音夢の通学路で ある桜並木の内の、一本の木の後ろに隠れた。


「あんなとこに入って…何 があるってんだ?」


純一が覗くと、そこはまわりからは見えないようにな っていて、かなり広い空間が広がっていた。


「あ〜あ。最近の不良はこ んなとこにたまるのか?暇だねぇ」


同じ学校の不良たち数人が たまっているのを見てため息をつく。そういう純一も暇だったりするのだが、そ れには目をつむった。そしてその場から立ち去ろうとしたのだが…何やら不穏な 会話が聞こえ、立ち止まって振り返った。


「今日は朝倉妹は掃除当番 だってよ。その後、兄貴の見舞いらしいぜ」
「見舞いってことは…後輩 の天枷も一緒にいただきか!?」


お〜っ、と声が上がった。 「…えっ?」


それに対し、まったくわけの分からない純一。


「朝倉妹かぁ。兄貴がいるときはめったにチャンス 無かったからな。これを逃す手はないぜ!」
「オレは朝倉より、天枷 のほうが好みだな」
「水越もいけてんぜ〜!ああいうのを無理矢理…っ てのもよくないか?」
「そうだな!朝倉と天枷の次は水越に決定!」


とうとう話がつかめた純一 は、怒りに震えた。


「なんてことを…許さねぇ!くそっ!てめぇ!」


殴りかかるが、ことごとく空を切る。彼は怒りで我を忘れていて、何度すり抜け ても殴ろうとし続けた。


「おい、来たぞ!」


それに気付くはずもなく、 白根が通りを確認し、全員息をひそめた。純一が見ると、音夢と美春が楽しそう に話しながらこちらに向かってくるのが見えた。


「来るな!来ちゃダメだ! おい!」


耳元で叫ぶが、効果はない。彼女達が迫る危険を知る のは不可能だった。そして、白根達が飛び出してくるまで、あと数メートルとい うところで、何かを思い出したように音夢が立ち止まった。


「どうしたんですか?」
「暦先生から出てた宿題、学校に忘れてきちゃった。 悪いんだけど美春、先に兄さんの病院に行っててくれない?」
「音夢先輩が忘れ物なんて珍しい。分かりました、 美春は先に行ってます」
「ごめんね」


そう言うと、音夢は学校 へと戻っていった。その後ろ姿を見送った美春が、再び歩き始めてすぐに…


「おらっ!!」
「きゃあっ!」


木の陰から飛び出した白根 が、美春の首筋に手刀を食らわせ気絶させた。


「よし、運べ!」


ぐ ったりとして動かない美春の体を、2人がかりで木の裏に引きずり込む。


「 朝倉は予想外だったが、まぁいいだろう」


運悪くその日は人通りがほ とんど無かった。


「おい、早くやっちまおうぜ」
「そうだな…よっと!」


不良の中の一人が、懐から取り出したナイフで美春の 制服を一気に破った。しかし、美春が目を覚ます気配はない。


「へぇ。結構かわいい下着じゃんかよ」
「予想どおりってやつか?」


不良の眼前に美春の下着姿が曝されてしまい、彼らはにわ かに声を上げた。その中の一人が、どこからかガムテープを取出し、美春の手足 を縛り口を塞いだ。


「これでよし…と。騒がれたらやべぇからな」
「と っととやっちまおうぜ!」


勢い込んで、ナイフを美春のブ ラに当てる。美春に人生最大級の危機が迫っていた。もう少しで引き裂かれそう になったその時…


「へへ…ぐわぁっ!」


ナイフを突き立てていた手に、 どこからかすごい勢いで突進してきた白い大きな犬が猛然と噛み付いた。激しく 吠えたて、不良達を追い払おうとする。


「な、なんだ!?邪魔なんだよ !」


蹴りを入れようとするが、動きの素早い犬には全く当たら ない。


「くそっ!」


不良達の動きが止まったのを見 逃さず、犬は正面にいた白根の足に噛み付く。


「うぎゃあ!」


情け ない声を上げ、犬を振りほどく白根。それをきっかけに、不良達は逃げていった 。彼らが逃げ去った後、残された犬は美春の そばに行き、手足のガムテープをはがそうとする。しかし、口では不自由でなか なかはがれない。


「む…ん??」


その気配に気付いたら しく、美春が目を覚ました。


「んー!むー!」


自分の格好に気付き、 何が起こったのか分からずにパニックを起こす美春。激しく身を捩り、身体の自 由を取り戻そうともがいた。しかし、縛られた手足を犬が懸命にほどこうとし ているのを見て動きを止めた。


(まさか…助けてくれてるんですか?)


犬の懸命な作業が実り、5分後には手の拘束がほどける。それを見て、口と足の ガムテープを自らはがす美春。


「はがしても…こんな格好 じゃここから動けません…」


美春、半泣き状態。バッグ の中には着替えはない。まわりを見回すと、いつの間にか犬はいなくなっていた 。助けを呼ぼうとするが思いとどまった。人にこんな姿を見せるのは後免だ。


「どうしましょう…」


途方にくれているところに、あの白い犬が戻ってきた。口には白い布のようなも のをくわえていて、それを美春のそばに置いた。


「え…これはTシャツ?美 春にくれるんですか?」


それを問うと、犬はうなずいた…うなずいた?


「え…もしかして今美春は、とんでもないことを…?犬に美春の言葉が通じたん でしょうか?」


しかし犬はそれには答えず、後ろを向くとそのまま走 り去ってしまった。


「あっ!待ってください!…あーあ…行ってしまいま した…あの犬はいったい…?」


しかしすぐに自分の格好を 思い出し、手早く着替えると病院へと急いだ。